ついに夜は明けた  BON JOVI ー SLIPPERY WHEN WET(ワイルド・イン・ザ・ストリーツ)

大ブレイクのきっかけになった作品





デビューアルバムBON JOVI(夜明けのランナウェイ)
2ndアルバム7800°FAHRENHEIT(7800°ファーレンハイト)
と2作続けて日本での好調なセールスと対照的にアメリカでブレイクしなかったBON JOVI(ボン・ジョヴィ)。

 

3作目はどう出るか注目していましたが、先行シングルのYOU GIVE LOVE A BAD NAME(禁じられた愛)を初めて聴いて、これはいけるのでは、という期待が生まれました。

 

何かが違う。

 

キャッチーでボン・ジョヴィらしさはそのままで、何かが違うのです。
それはその後明らかになります。

 

とにかくチャートに登場したこの曲はあれよあれよという間にチャートを駆け上がり、なんとビルボード誌シングル部門で全米No.1を獲得してしまうのです。
前の記事でも書きましたが、この曲のイントロはコーラスでSHOT THROUGH THE HEART”と叫ぶわけですが、この歌詞とまったく同じタイトルの曲が1stアルバムにおさめてあります。
いきなり使いまわしか、と思いましたが、全くアレンジも異なり、使いまわし的な感じは見当たりません。
インパクトの強い言葉を曲の頭、サビで用いていますが、見事に言葉のリサイクルに成功したようです。
今や、この歌詞を見て1stの楽曲を思い出す人のほうが希少なのかもしれませんね。

 

そしてこの先行シングルに続いてニューアルバムをリリース。
このアルバムもあれよあれよとチャートを駆け上がり、何とビルボード誌アルバムチャートを制してしまうのです。

 

では、これまでの2作と何が違ってこれだけのヒットとなったか考察してみることにしたいと思います。

 

今日は1986年リリースの、ボン・ジョヴィの3rdアルバム、SLIPPERY WHEN WET(ワイルド・イン・ザ・ストリーツ)をご紹介します。

 

SLIPPERY WHEN WET(ワイルド・イン・ザ・ストリーツ)の楽曲紹介

 

オープニングを飾るのは、LET IT ROCK(レット・イット・ロック)。

 

この曲はDavid Bryan(デヴィッド・ブライアン)のシンセの強烈な演奏をもって始まります。
当時持っていたCDではこのイントロのシンセの部分はPINK FLAMINGOSという別曲として扱われていました。
しかし、なぜか今流通しているCDではまとめてLET IT ROCKということになっています。
教会のオルガンのような音色の荘厳なメロディを派手に披露しています。

 

今回も力強くアルバムは幕を開けます。
ボン・ジョヴィサウンドは健在です。
当時、ドラムの音が非常に目立つようになったというのが、最初の印象でしたね。
そのため、楽曲に力強さが加わった気がしました。
そして荒々しいJon Bon Jovi (ジョン・ボン・ジョヴィ)のヴォーカルもかっこよいですが、これまでと同様キャッチーなメロディに安心しました。
また、Richie Sambora(リッチー・サンボラ)のギターソロもたっぷり激しく披露されていて満足です。

 

とにかく、このオープニングは、高揚感とアルバムへの期待感をどっちも与えてくれる秀曲だと思えます。

 

2曲目はYOU GIVE LOVE A BAD NAME(禁じられた愛)。

 

これもボン・ジョヴィ節全開になってます。
しかしクレジットを見ると、アルバムのほとんどの曲はジョン・ボン・ジョヴィとリッチー・サンボラによるものだが、この曲を含めて4曲ほど一人の作曲家が参加している。

 

Desmond Child(デズモンド・チャイルド)だ。

 

デズモンド・チャイルドと言えば、KISS(キッス)を始め、多くのアーティストに楽曲を提供してきた売れっ子ソングライターである。

 

これは見事に成功したと言えるでしょう。
すでに、自分たちでメロディアスでキャッチーな楽曲を作ることは出来ていたボン・ジョヴィでありましたが、そこに外部の風を吹き込むことによって、いっそう楽曲は輝きを増したのです。

 

恐らく、メンバーだけでこれらを作ったとしても、そこそこいい曲は出来ていたと思います。
しかし、デズモンドが加わることによって、当時のあの80年代のキラキラした音と美しいメロディを曲に加えることができた。
このブラッシュアップが、今回のブレイクの大きな要因の一つといって間違いないでしょう。

 

それにしても何度聴いても良く出来た楽曲ですよ、これは。
いきなりサビのアカペラコーラスから始まり、エレキのグリッサンド2発からはじまるイントロは、歴史に残る優秀イントロではないでしょうか。
そしてそこからの、ギターソロで奏でるイントロのメロディアスなこと。

 

Aメロの裏のギターリフに時々混じる、ピッキングハーモニクス
ワイルドな印象を与えるのに大きく寄与していますね。
また、オーケストラヒットを混ぜたり、キラキラしてます。

 

そして、もっとも印象的なのはサビの合唱でしょう。
もう、キャッチーで一度聴いたら耳から離れません。
コーラスも大合唱という感じで、ライヴで盛り上がるのも必至な作りにもなっています。

 

見事に完成した新たなボン・ジョヴィサウンドは、世界中で受け入れられることになりました。

 

先行シングルとしてリリースされたこの曲は、ビルボード誌シングルチャートで、No.1を獲得しました。

 

3曲目はLIVIN’ ON A PRAYER(リヴィン・オン・ア・プレイヤー)。

 

これまた衝撃的な名曲ですね。
最初にこの曲が出来たときは、ジョンはあまり気に入らなかったようです。
しかし、リッチーはジョンを説得し、もう一度アレンジを作り変えていきます。
スタジオミュージシャンによって新たなベースラインを取り入れ、ドラムのフィルインも新しくし、トーキングモジュレイターも使って個性的な音作りも行なっています。

 

こうして新たな命を吹き込まれたこの曲は、80年代を代表する素晴らしい曲へと変貌を遂げたわけです。

 

もう、楽曲の構成は完璧と思えますね。
印象的なギターリフに、誰もが口ずさめるキャッチーでノリのよいサビ。
この曲もデズモンドが共作なのもよくわかります。
見事なまでのキャッチーさです。
また歌詞に出てくるトミーとジーナは貧しくても懸命に生きる若いカップルで、これが当時の労働者階級の人々に受け入れられ、国民的ソングとして人気を獲得しました。

 

加えて、PVで見せた、ライヴ感あふれるパフォーマンスは、過去の地味なバンド紹介的なものとは一線を画し、華々しく、多くの人に愛される素晴らしい出来となっています。

 

この曲は2ndシングルとしてリリースされ、シングルチャートで4週連続No.1を記録、 Mainstream Rockチャート では2週連続のNo.1を達成しました。

 

4曲目はSOCIAL DISEASE(ソシアル・ディジーズ)。

 

イントロ前の女性のあえぎ声は、ちょっと勘弁して欲しかったが、曲自体は十分にかっこいい。
ホーンセクションの音も加わってずいぶんと豪華なサウンドになってます。
80年代らしいノリで、まあまあかっこいい曲になっています。
強力な楽曲に挟まれてるので、ちょっと存在感は弱いですかね。

 

5曲目はWANTED DEAD OR ALIVE(ウォンテッド・デッド・オア・アライヴ)。

 

これは、バンドの新境地を開拓した素晴らしいパワーバラードです。
西部開拓のカウボーイのような雰囲気をかもし出しています。
イントロから続くアコースティックギターの美しいアルペジオ、そしてギターストローク。
これらが、美しく楽曲を彩り、その上でワイルドなジョンのヴォーカルが冴え渡ります。

 

サビのジョンのヴォーカルと、それにハモるリッチー兄貴のヴォーカルが非常にかっこよくきまっています。
加えて、間奏の情熱的なリッチーのギターソロも秀逸です。
また、ところどころで入ってくるリッチーのハモリが最高級にいいですね。
当時、雑誌の人気投票でリッチーがジョンを上回っていた理由もうなづけます。

 

このころはハードロックバンドによるアコースティックな曲でチャートを席巻したのはそんなに多くなかったはずです。
この曲はその点で先駆けとも言えるでしょう。
ハードロックやヘヴィメタルからのアコースティックバラードがチャートにどんどん入ってくるようになったのもこの曲のヒットの影響が大きいのではないでしょうか。
またジョンとリッチーの共作になっており、デズモンドだけに頼らなくてもいい曲が作れることをはっきりと証明することが出来た名曲だと思います。

 

ちなみに、後にMTV VIDEO MUSIC AWARDSの授賞式でこの曲「ウォンテッド・デッド・オア・アライヴ」と「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」の2曲をジョンとリッチーがアコースティックアレンジで演奏
それがきっかけであの有名なMTV UNPLUGGED(MTVアンプラグド)が始まったという逸話も残っています。

 

この曲は3rdシングルとしてリリースされ、シングルチャートで第7位、Mainstream Rock チャートでは第13位を記録しています。
ちなみに、この曲のヒットによって、トップ10ヒットを3枚含む初のハードロックアルバムにもなっています。

 

6曲目はRAISE YOUR HANDS(レイズ・ユア・ハンズ)。

 

勢いのあるギターリフにより始まる爽快なハードロックソングです。
いろんな都市の名前が連呼されますが、その中に東京も含まれ、日本へのリップサービスも忘れません。
ギターソロでも、リッチーがかっこよく弾きまくっています。

 

サビの合唱はライヴにぴったりなノリのいい楽曲になっています。

 

7曲目はWITHOUT LOVE(ウィズアウト・ラヴ)。

 

ミドルテンポのポップロックソングです。
この曲はデズモンドが共作しており、絶妙のポップセンスを振りまいています。
そんなに目立たない曲ですが、非常に聴き易く気持ちいい楽曲です。

 

8曲目はI’D DIE FOR YOU(アイド・ダイ・フォー・ユー)。

 

デビュー曲の夜明けのランナウェイを思わせる、メロディアスハードロックです。
この曲にもデズモンドが共作で名を連ねています。

 

イントロはキーボードから始まり、展開は初期のボン・ジョヴィ節でやはりかっこいい。
哀愁味と疾走感が融合した、素晴らしい楽曲です。
それでも、初期に比べると洗練された感が非常に強く、80年代らしく、よりかっこよさが増しています。

 

9曲目はNEVER SAY GOODBYE(ネヴァー・セイ・グッドバイ)。

 

ゆったりしたパワーバラードです。
切ないメロディをジョンが優しく歌い上げ、リッチーがギターの優しいソロメロディでサポートしてます。
ギターソロでは、リッチーがエモーショナルに優しいメロディを奏であげてます。

 

この曲はシングルカットされていませんが、Mainstream Rock では第11位を獲得しています。

 

アルバムラストはWILD IN THE STREETS(ワイルド・イン・ザ・ストリーツ)。

 

ラストは明るく陽気なロックンロールです。
ハードでありながら、メロディアスで勢いやノリのある優れた楽曲ですね。
サビの合唱がワイルドでいいですね。

 

絶対ライヴで盛り上がる曲ですね。
バンドの一体感を楽しめるロックンロールで名盤は幕を下ろします。

まとめとおすすめポイント

1986年リリースの、ボン・ジョヴィの3rdアルバム、SLIPPERY WHEN WET(ワイルド・イン・ザ・ストリーツ)はビルボード誌アルバムチャートで8週連続の全米No.1を獲得しました。

 

売り上げは全米だけで1200万枚、世界中では2800万枚売れたと言われています。
こうしてついに念願の母国制覇を果たし、同時に世界制覇をも果たすことに成功したのです。

 

この大ブレイクの要因を考えて見たいと思います。

 

まず、外部のソングライターを取り入れたのは大きかったと思われます。
それも、名うてのライター、デズモンド・チャイルドです。
ヒット請負人とも言える彼のソングライティングのセンスは、もともとあったボン・ジョヴィの作曲能力と融合し、より優れたものを生み出すことができたのでしょう。
ボン・ジョヴィのメンバーだけでも「いい曲」は作れるのですが、それを「超いい曲」に引き上げたのがやはりデズモンドの力量といえるのではないでしょうか。

 

実際、1stシングル、2ndシングル、共にデズモンド絡みの曲が全米No.1を獲得するわけですが、では他の曲はどうかというと、やはり一貫してボン・ジョヴィの曲はキャッチーなハードロックとなっています。
それはデビュー当時から変わらず、彼らもなかなかのライティングセンスを持っているのです。

 

そして、大ブレイクの要因として、もう一つ重要な変化について語る必要があるでしょう。
前の2作はランス・クインという人がプロデュースしていましたが、今回はBruce Fairbairn(ブルース・フェアバーン)にこのアルバムを託したのです。
ブルースはすでにLOVERBOY(ラヴァーボーイ)などのプロデュースで有名でしたが、彼の起用が彼自身とボン・ジョヴィの名声を一気に上げることになりました。

 

アルバム作成において、プロデューサーの役割は非常に大きく、バンドと共に作品制作に携わり、全体を仕上げて行く上で方向性を提案したり、一歩引いた目で客観的に判断、決定していく仕事など、多くが含まれます。
その力量によって、アルバムの売れ行きは大きく左右されることになります。
だから、当時売れっ子プロデューサーには依頼が殺到していたのもうなずける話と言えるでしょう。

 

で、このブルース・フェアバーンはこのようなハードロックバンドをプロデュースする点で、秀でた才能があったと言えるでしょう。
その証拠に、彼のプロデュースによって後にAEROSMITH(エアロスミス)は低迷期を脱出、第二期の黄金時代を迎えることになりますし、VAN HALEN(ヴァン・ヘイレン)もヒット作を生み出しています。

 

彼のプロデュースはボン・ジョヴィを飛躍させる点で、大きな役割を果たすことになったのです。

 

そしてもう大ブレイクのもう一つの大きな要因としてMTVによるプロモーションを欠かすことはできないでしょう

 

正直なところ、前2枚のアルバムからのシングルに当てられたPVは、お世辞にも魅力のあるものとは言えません。
B級ドラマ仕立てに、ちゃちなセットでの演奏。
演奏も、なんか固くて笑顔はあるものの本当に楽しそうには見えません。

 

ところが今作のシングルのPVときたらどうでしょう。
メンバーは一緒なのに全く別のバンドかのような優れた出来となっています。

 

禁じられた愛は観客込みのライヴシーンがメインです。
今までの演奏の様子とは格段に違っていますね。
余裕に満ち溢れています
見てて好感が持て、楽しくなるPV。
リスナーはこれを待っていたのですだ。

 

リヴィン・オン・ア・プレイヤーは前半はライブのリハーサルとオフショットを全編モノクロで。
そして2回目のサビに入る瞬間、一気にカラー映像に変わり、満席のオーディエンスの前でのライブシーンへ。
ここでもメンバーは楽しそうに演奏しているし、僕らもこんなライブに行ってみたいという気にさせてくれる。
これはヴァン・ヘイレンのジャンプのPVに匹敵する、80年代洋楽を代表するPVの一つに数えられるでしょう。

 

3枚目、ウォンテッド・デッド・オア・アライヴ、これも秀逸です。
これはオールモノクロでライヴシーンを中心に、ツアーのオフショットなどがミックスされています。
このときのジョンとリッチーがたまらなくかっこいいいんだ。
やはり、ライヴを見せるのがバンドにとって一番のプロモーションになると思いますが、どうでしょう。

 

これら3曲のPVはMTVでヘヴィローテーションされ、彼らの人気は確立しました。
やはりこの時代はMTVが一番力を持っていたときだっただけに、PVでも手を抜かなかったのも大ヒットにつながる大きな要因の一つと言えるでしょう。

 

 

ということで、まとめてみると今作で大ブレイクした大きな理由は、

   ソングライティングに外部の風を入れたこと

   優秀なプロデューサーを迎えたこと、そして

   MTVというメディアを最大限に利用したこと

これらが主要なものだと言えるでしょう。

 

そしてもう一つ忘れてはならないのは、売れてもそうでなくても、精力的にライヴを行なったことです。
それによって彼らのバンドとしての技術や力量は向上し、それは余裕につながり、結局はいいアルバムを作るところに大きな影響を与えたに違いありません。

 

こうして3枚目の飛躍によって、なかなか明けなかった夜が明け、ついに7800°FAHRENHEITにまで達することができました。

 

彼らのここまでの道のりは、腐らずあきらめず、やれることをやり続けることの大切さを教えてくれます。

 

最初の試練を乗り切ったからこそ、バンドの結束は強まり、この後の快進撃を続けることができたに違いありません。

 

ぜひともこの、世の明けた瞬間をアルバムを聴いて共有してほしいと思います。

チャート、セールス資料

1986年リリース

アーティスト:BON JOVI(ボン・ジョヴィ)

3rdアルバム、SLIPPERY WHEN WET(ワイルド・イン・ザ・ストリーツ)

ビルボード誌アルバムチャート8週連続No.1 全米だけで1200万枚、世界中では2800万枚

1stシングル YOU GIVE LOVE A BAD NAME(禁じられた愛) ビルボード誌シングルチャートNo.1 同誌Mainstream Rockチャート第9位

2ndシングル LIVIN’ ON A PRAYER(リヴィン・オン・ア・プレイヤー) シングルチャート4週連続No.1、 Mainstream Rockチャート2週連続No.1

3rdシングル WANTED DEAD OR ALIVE(ウォンテッド・デッド・オア・アライヴ) シングルチャート第7位、Mainstream Rockチャート第13位




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