BON JOVIの夜明け前  BON JOVI(夜明けのランナウェイ)




ボン・ジョヴィとの出会い

日曜、夕方6時くらいにNHK-FMでリクエストコーナー、という番組がありました。

 

なんか普通のおじさんが淡々としゃべっている地味な番組だったと記憶していますが、中身は全然地味ではありませんでした。
ビルボード誌の全米チャートから曲をかけてくれる、それもフルコーラスで。
エアチェック派であった僕が重宝していた番組の一つです。
ちなみにエアチェックというのは、FMラジオでかかる曲や番組をカセットテープに録音することです。
当時はフルコーラス、それも出だしや最後にDJの声が重ならないように楽曲が流されていたので、きれいに録音することができました。

 

ある回のこと、BON JOVI(ボン・ジョヴィ)が初登場してきてこの番組で紹介されました。
確か、90位前後ではなかったでしょうか。
曲紹介の際、「ボン・ジョビの夜明けのランナウェイ」とDJのおじさんは言いました。
ボン・ジョヴィではなく、「ボン・ジョビ」と言ったのははっきりと覚えています。

 

もちろんこれは彼らにとってデビューシングルだったので、僕は初めて聴く曲、初めてのバンドだったわけですが、例によって一発で気に入りました。
なかなかかっこいいではないですか。

 

それから2ndシングルでSHE DON’T KNOW ME(シー・ドント・ノー・ミー)がリリース。
この手の曲がたまらなく好きなのです、僕は。
なんかゆったり流れて行く気持ちいいミドルテンポのロック。
サバイバーで言えばHIGH ON YOUのようなタイプ。

 

いい曲だけど、タイトルの英語の文法が間違ってるよ、と当時思った覚えがあります。
まさか、間違えてつけたわけではあるまい。
でもSHE DOESN’T KNOW MEだったら、歌詞の乗りが悪くてヒットしなかったかもしれないねとも思いました。
結局は語呂などの関係で、あえてそうしたということみたいだが、高校生にとっては???が頭の中を巡ったものです。

 

とにもかくにもこれで、ボン・ジョヴィ好きになった僕はアルバムをレンタルして聴くことになりました。

BON JOVI(ボン・ジョヴィ)とは

ボン・ジョヴィの中心人物であるJon Bon Jovi (ジョン・ボン・ジョヴィ)は13歳の頃からピアノやギターを弾き始めています。
“’Raze”、”Atlantic City Expressway”、”John Bongiovi and the Wild Ones”といったバンドで音楽活動を続けていきます。
その過程で、後のメンバーDavid Bryan(デヴィッド・ブライアン)とも出会い、合流しています。

 

1982年ごろまでにジョンは、幾つかのデモテープをレコード会社に送ったりしてますが、なかなか成功しません。
1983年には地元のWAPPというFMラジオ局を訪れ、ジングルを作って歌うことができました。
ジングルとは、ラジオ番組などでコマーシャルの開始や終了、楽曲・コーナーの切り替わりなど、番組の節目に挿入される短い音楽などの総称です。

 

すると、WAPPから、局のコンピレーションアルバムにRUNAWAY(夜明けのランナウェイ)を提供する話が持ち上がります。
この曲はすでに1982年にジョンが書いていた曲です。
ジョンは気が進みませんでしたが、結局これに応じ、スタジオミュージシャンと共に、この曲をレコーディングします。

 

この曲はニューヨークでエアプレイされ始め、次第に他のメジャー局にも広がって行きます
ここでいい感触を得たジョンは新たにバンドを組み始めます。
まず、キーボードのデヴィッド・ブライアン、次いで、ベースのAlec John Such(アレック・ジョン・サッチ)、そしてドラムスの Tico Torres(ティコ・トーレス)が集まります。
そしてギタリストとして指名されたのが、ジョンの幼ななじみ、Dave “The Snake” Sabo(デイヴ・”ザ・スネイク”・セイボ)。
しかし、彼は結局正式にバンドメンバーにはなりませんでした。
が、ジョンとデイヴは、先に成功したほうがどっちであれ、後のほうを助ける、という約束をしています。
この約束は後に、デイヴがSKID ROW(スキッド・ロウ)でデビューする際に果たされることになりました。

 

で、アレックとティコに推薦されたギタリストが地元のRichie Sambora(リッチー・サンボラ)です。
彼は既に Joe Cocker(ジョー・コッカー)とツアーしたり、他のバンドで活動していた実力のあるギタリストでした。

 

こうしてボン・ジョヴィのメンバー5人が集まり、ショーを始めると、注目を集めるようになりました。
そしてあるレコード会社の幹部も注目し、PolyGram傘下のMercury Recordsと契約します。
契約に当たって、ジョンはバンド名をつけたいと思ってましたが、VAN HALENのような例に倣ってBON JOVIにすることを勧められます。
あんまり乗り気ではなかったのですが、結局この名前でついにデビューアルバムを制作します。

 

今日は、1984年リリースの、BON JOVI(ボン・ジョヴィ)のデビューアルバム、BON JOVI(夜明けのランナウェイ)をご紹介します。

アルバム、BON JOVI(夜明けのランナウェイ)の楽曲紹介

オープニングを飾るのは、RUNAWAY(夜明けのランナウェイ)。

 

僕が初めて聴いた彼らの楽曲ですが、やっぱりインパクトがありますね。
キーボードによるイントロが印象的で、さらにエッジの聞いたギターにジョン・ボン・ジョヴィの搾り出すようなかっこいい声。
(でも後で聞いたところによると、この曲のギターソロはリッチー・サンボラではないようだ。かっこいいソロだけに残念)
この記事にコメントいただいたヴィヴィアンさんのご指摘で気付かされたので訂正させていただきます。
この曲は上記のとおり、ラジオ局の企画用にレコーディングされたもので、リッチーどころか、ジョン以外全員がスタジオミュージシャンによるものでした。

 

それにしても、高校生で洋楽初心者の僕には非常にインパクトのあるかっこいい曲でした。
まだHM/HRの概念すら持たない僕にとっては、一般チャートであがって来たこの曲は、激しさと共に聴き易いロックソングだったのです。
そして彼らのデビューもシーンに、特に本国アメリカより、日本で強いインパクトを残すことになりました。

 

この曲は彼らのデビューシングルで、ビルボード誌シングルチャートで第39位と、トップ40入りを果たしています。

 

2曲目は、ROULETTE(ルーレット)。

 

これはギターによるイントロのフェイドインでスタートします。
非常にギターリフがかっこいいです。
途中リッチー・サンボラのギターがアーミングを交えてかっこよく曲を飾っています。
少し地味ではありますが、哀愁味を含んだいい曲ですね。

 

中盤もドラマティックな展開を見せ、リッチーのギターソロもなかなかかっこよいです。
決して夜明けのランナウェイのソロに負けてません。
やはり既にプロとして活躍していただけのことはあります。

 

3曲目はSHE DON’T KNOW ME(シー・ドント・ノー・ミー)。

 

ここに3単現(3人称単数現在)ミスソングがやってきます。
アルバム中、この曲だけが完全な外部ライターによる楽曲となっています。

 

当然のように、僕はこの曲が大好きです。
この気持ちよいミドルテンポのロックは、もうたまりませんね。
エレキとシンセによるイントロから、超気持ちいいです。
そしてゆったり優しく切なく歌うジョンのヴォーカルも秀でてますね。

 

またギターソロのあの浮遊感のあるリフレインも非常に印象的です。
そして、サビのコーラスとジョンの掛け合いも、一度聞いたら忘れられません。
キャッチーでメロディアスな素晴らしい楽曲だと思います。
一番気持ちよく聴ける曲ではないでしょうか。

 

この曲は2ndシングルとしてカットされ、シングルチャートで第48位を記録しています。

 

4曲目はSHOT THROUGH THE HEART(ショット・スルー・ザ・ハート)。

 

マイナーなギターアルペジオではじまる哀愁感漂うドラマティックな曲です。
ジョンのヴォーカルがドラマを盛り立ててますね。
そして、疾走パートでは非常に爽快なハードロックを聴かせてくれます。
リッチーのギターソロも、コンパクトにまとまってますが、たっぷりいろんなテクを入れ込んで、かっこいいソロに仕上がってます。
展開がかっこよく、盛り上げ方も新人とは思えないいい出来です。
しかし、まさか、後にこのタイトルそのまんまを後の「禁じられた愛」のイントロで使って全米No.1を取るなんて思いもよらなかったです。

 

5曲目はLOVE LIES(ラヴ・ライズ)。

 

美しいパワーバラードになっています。
この曲も非常に展開が良くって、ただのバラードを越えていると思います。
哀愁たっぷりのジョンのヴォーカルと、コーラスのからみが非常にいいですね。
リッチーも、アーミング全開でエモーショナルなソロを披露しています。
ラストはジョンのハイトーンシャウトで締めくくります。

 

B面1曲目はBREAKOUT(ブレイクアウト)。

 

正当ハードロック路線まっしぐらのかっこいい曲です。
アルバム中もっともハードな楽曲かもしれません。
“BREAKOUT!”の掛け声に応じてシンセとドラムが絡んで始まるイントロは秀逸です。
エレキのリフと、そこにちょうどいいくらいのキーボードが加わって、歌メロのバックは非常にかっこよく出来てます。
ギターソロも激しくはじけまくってますが、アウトロで弾きまくるリッチーのギターもたっぷりと楽しめます。

 

2曲目はBURNING FOR LOVE(バーニング・フォー・ラヴ)。

 

これはキャッチーでノリの良いハードロックチューンです。
ナイト・レンジャーに少し哀愁味を振りかけたような楽曲ですね。
もう、文句なく、疾走感に身をゆだねられます。

 

ギターリフも、典型的なハードロックになってますしギターソロの入りも、相当かっこいいものになっています。
日本人好みの哀愁感あるハードロック、のゆえでしょうか、この曲は日本でのみ3rdシングルとしてリリースされています。

 

3曲目はCOME BACK(カム・バック)。

 

そのままの勢いで、キャッチーなハードロックが続きます。
この曲も引き続き疾走しています。
切なさも兼ね備えたロックチューンです。

 

アルバムラストはGET READY(ゲット・レディ)。

 

イントロのギターリフが、非常にかっこいいです。
そこに絡むジョンのシャウトでまたも疾走ソングスタートです。
哀愁感のあふれていたここまでの曲とは一転、陽気なノリノリの楽曲です。
ギターソロも、アメリカンでワイルドな雰囲気をたたえていて、メジャー感全開の良質なソロとなっています。

 

最後は、明るくポップなアメリカンロックで締めてくれました。

まとめとおすすめポイント

1984年リリースの、BON JOVI(ボン・ジョヴィ)のデビューアルバム、BON JOVI(夜明けのランナウェイ)はビルボード誌アルバムチャートで第43位、最終的にはアメリカで100万枚、世界で350万枚を売り上げましたが、その売り上げは後の大ブレイク後に買い足されたものを追加しての記録となります。

 

トータルでの評で言えば、なかなかよくできたハードロックアルバムだと思います。
ごりごりのハードさを求めると、ちょっと物足りないかもしれませんが、適度なハードロックを求める人には向いているでしょう。
曲がキャッチーで佳曲ぞろい。
ジョンのヴォーカルも荒削りで魅力的
リッチーのギターもかっこいいリフから、激しいソロまで職人業を見せてくれる。
そこそこ将来性を感じられるいいバンドという雰囲気は漂っていたはずです。
そしてPVでもわかるように、下手したらアイドルバンドとも言われかねない、ルックスのよさも魅力の一つとなっていました。
とにかく若さあふれる、勢いのある優れたアルバムとなっていたと思います。

 

しかし、それだけで大ヒットするほどアメリカは甘くなかったようです。
ビルボード誌のアルバムチャートでは第43位にとどまっています。

ところが彼らを大好きになった国が一つありました。

 

日本である。

 

なんと日本では、この彼らのデビューアルバムはゴールドディスクを獲得したのでした。

 

そして同年の8月にSUPER ROCK ’84 IN JAPAN出演のため初来日。
これは、SCORPIONS , WHITESNAKE , THE MICHAEL SCHENKER GROUPが出演したことでも知られる、超有名なロックフェスです。
そこにまだデビューしたばかり、アルバムも一枚しか出してないボン・ジョヴィが出演したのです。
そして、ライブパフォーマンスは好評で、日本での人気を確立することに成功することになりました。

 

アメリカではいま一つの反応だったのが、ところ変われば、大スターである。

 

なので、ボン・ジョヴィは日本が育てたバンドといっても過言ではないでしょう。

 

アメリカでブレイクするまでには、後2枚アルバムが必要だったのです。
その間、彼らを応援し続けた僕ら日本人は、先見の明があったと言ってよいでしょう。

チャート、セールス資料

1984年リリース

アーティスト:BON JOVI(ボン・ジョヴィ)

1stアルバム、BON JOVI(夜明けのランナウェイ)

ビルボード誌アルバムチャート第43位 アメリカで100万枚のセールス 世界で350万枚

1stシングル RUNAWAY(夜明けのランナウェイ) ビルボード誌シングルチャート第39位

2ndシングル SHE DON’T KNOW ME(シー・ドント・ノー・ミー) シングルチャート第48位




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