大ヒットアルバムに続く実験的2枚組アルバム FLEETWOOD MAC - TUSK(牙(タスク))

前作、RUMOURS(噂)の大成功の後のアルバムTUSK(牙(タスク))





1977年リリースのフリートウッド・マックの11thアルバム、RUMOURS(噂)はビルボード誌のアルバムチャートで31週連続でNo.1を獲得。
世界中で4000万枚を越える売り上げを記録しています。

 

その音楽業界への功績を称え、1979年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム(ハリウッドの、ハリウッド大通りとヴァイン通り沿いの歩道)に星型のプレートを埋め込まれました。

 

そんな大ヒット作を作り上げた彼らはどこを目指すのか。
当然ながらレコード会社は、前作に続く大ヒットアルバムを求めます。
しかし、Lindsey Buckingham(リンジー・バッキンガム)は前作とは別物のアルバムを作りたいと考えました。
レコード会社の願うRUMOURSⅡRUMOURSⅢのようなビジネスのためのアルバムを拒んだわけです。

 

Mick Fleetwood(ミック・フリートウッド)は早くからこのアルバムは2枚組にすることに決めていました。
その理由は、やはりリンジーと、Christine McVie(クリスティン・マクヴィー)、そしてStevie Nicks(スティーヴィー・ニックス)という3人のクリエイティヴィティ豊かなメンバーが在籍していたからだ。
3人がその才能を出すスペースを与えることで、フラストレーションもためることなく自由に創作活動が出来ると考えたのだ。

 

そして、リンジーはアルバムを実験的なものにしたいと思っていた。
また、TALKING HEADS(トーキング・ヘッズ)にも熱を上げていて、英国のインディー・ロックの中のポスト・パンクも取り入れたいとも考えていた。
このように、今回のアルバムではとりわけリンジーが、実験的なことを試しており、またポストパンクやニューウェイヴを組み込んだ楽曲を提供しているのが目立つことになります。

 

こうして出来上がった2枚組アルバムは、リンジーによる楽曲が9曲、クリスティンが6曲、スティーヴィーが5曲という全20曲の作品となりました。
内容的にはリンジーの9曲は確かに前作とは大きく変化を遂げてますが、女性二人は安定の名曲ぞろいという感じに仕上がったように思えます。

 

では1979年リリースのFLEETWOOD MAC(フリートウッド・マック)の12枚目のスタジオアルバム、TUSK(牙(タスク))をご紹介したいと思います。

TUSK(牙(タスク))の楽曲紹介

A面1曲目はOVER & OVER(オーヴァー&オーヴァー)。

 

いきなりこのスローで優しいのが来るとは多くの人の予想に反したに違いありません。
これはクリスティンによる楽曲で彼女が歌ってます。
やはり、フリートウッド・マックの母親とも言えるようなクリスティン、温かい楽曲を作らせたら彼女は適任ですね。
ゆったりと優しいメロディでアルバムは幕を開けます。

 

2曲目はTHE LEDGE(ザ・レッジ)。

 

これはリンジーによるものです。
ちょっと意外なほどいきなり吹っ飛んだ楽曲へと変更です。
これはかなり意表を突かれます。
恐らくエレキを思いっきり歪ませているのだと思われますが、なんか勢い一発の曲です。
でも、リンジーらしいといえばらしい楽曲でもありますね。
わずか2分ほどで走り抜けてしまいます。

 

3曲目はTHINK ABOUT ME(シンク・アバウト・ミー)。

 

ここに来てやっと、マックらしい楽曲が来ました。
やはり、この軽快なリズムが一番落ち着いて聞いていられますね。
クリスティンの曲で、リードヴォーカルも彼女です。
そして、ハモってるのがリンジーです。
やはりこのコーラスはマックらしくとても心地よいですね。
安定のマック節です。

 

この曲は3rdシングルとしてカットされ、ビルボード誌シングルチャートで第20位のヒットとなってます。

 

4曲目はSAVE ME A PLACE(セーヴ・ミー・ア・プレイス)。

 

この曲はリンジーの楽曲で彼が歌ってます。
やはり、このアルバムでは彼だけが違う方向を向いている、と感じさせる楽曲ですね。
彼もこれまでのアルバムで見せたように、キャッチーな楽曲を作れたはずなのですが、今回は目指す方向が違うようです。
アコースティックなサウンドで、いいのですが、ちょっとマックとは違う印象が強いですね。
でも、この肩の荷を降ろしたような雰囲気が、決して悪くないようにも感じられてきます。
この辺をどう受け止めるかで、このアルバムの評価が大きく変わってくると思われます。

 

5曲目はSARA(セーラ)。

 

スティーヴィー、やっと登場です。
いいですね、これこそマックですよ。
イントロのキーボードも美しいですし、軽快なリズムワーク。
そして、歌姫の魅力的なヴォーカル
完璧ではないでしょうか。

 

とても素敵な楽曲なんですが、例によってこのバンドにはいろいろとドロドロとした人間模様が付きまといます。
スティーヴィーは、当時付き合っていたDon Henley(ドン・ヘンリー)との間に子を宿しますが、結局中絶してしまいます。
この歌はそのことについて歌った歌ではないかという根強い噂がありました。
1979年のインタヴューで、「もし女の子ができたとしたら、その子にはSaraと名づけるわ。それはわたしにとって特別な名前なの。」と語ってます。
そして、後の2014年のインタヴューでは、先ほどの噂が本当だったことを認めてこう言っています。
「もしわたしがドンと結婚して、子供が出来て、その子が女の子だったら、Saraと名づけたわ。」

 

そしてもう一つこの曲に関してはドロドロエピソードが。
2014年の、ミック・フリートウッドの伝記によると、この曲はミックとスティーヴィーの、終わってしまったロマンティックな関係について歌っていることが示唆されています。
ミックとスティーヴィーはしばらくの間、恋愛関係にありました。
でも二人は互いを独占しないような関係にあったようです。
ところが、ミックがスティーヴィーの親友のSaraとの関係を持ち始めたときスティーヴィーは激怒したとのこと。
結局そのことがミックとスティーヴィーの関係を事実上終わらせた、ということだ。

 

全く恋多き魔性の女スティーヴィーです。
どっちのエピソードが、この楽曲に関して正解なのかよくわかりませんが、こんなドロドロした人間関係の中でもそれを肥やしにして、名曲を作るスティーヴィー。
彼女の強さと、その才能には驚かされます。
ただ、異性との関係については恵まれなかった、弱い悲しい女性でもあるんですね。

 

そんな裏話は別として、この名曲は2ndシングルとしてカットされ、シングルチャートで第7位のヒットとなります。

 

B面1曲目は、WHAT MAKES YOU THINK YOU’RE THE ONE(何が貴女を)。

 

これはリンジーの曲です。
これも、リンジーらしいといえばらしい曲です。
歌いだしのタイトルコールは、とても好きですけどね。
このリズムも、シンプルでドカドカやっていて、なんかトーキング・ヘッズ好きってのもちょっと理解できる気もします。

 

2曲目は、STORMS(夜ごとの嵐)。

 

これはスティーヴィーの曲です。
バックのリンジーのギターが柔らかくて素敵ですね。
スティーヴィーの歌声がいいですね。
時に震えるようなヴィヴラートが彼女の心の中を表現しているようでとてもいいです。
また、そこにクリスティンお姉さんがコーラスで加わると、やはり美しいですね。
これも、マックだからこその良曲だと思います。

 

3曲目は、THAT’S ALL FOR EVERYONE(ザッツ・オール・フォー・エヴリワン)。

 

これはリンジーの曲です。
空間処理されたリンジーの声が広がる、ゆったりした楽曲です。
彼のアコギのストロークはキラキラしていてとてもいいですね。
途中の女性組みのコーラスもきれいで、このアルバムのリンジーの曲にしては最も普通なのかもしれません。
これもゆったりと、心地よく聴けるものとなってます。

 

4曲目はNOT THAT FUNNY(ノット・ザット・ファニー)。

 

また、リンジーが不思議の世界へ連れて行ってくれます。
かなり歪ませたエレキと、強烈なリズムのドラムで、ぐいぐいと進んでいきます。
途中のアコギのギタープレイがやはりきれいでいいですね。
最後は、多重録音で賑々しくなってにぎやかに終わります。
パンクロックへの回答として作られたようですが、そう言われると、やはりトーキング・ヘッズの影がちらついて見えますね。

 

5曲目はSISTER OF THE MOON(月世界の娘)。

 

スティーヴィーの楽曲です。
少し長いイントロではベース音が静かに響いていきます。
そこにアコギも加わって行き、少し怪しい雰囲気をかもし出します。
ドラムが入ってくると、マックらしくなっていきます。
スティーヴィーが妖しく歌い上げていきます。
どんどん盛り上がっていく感じがとてもいいですね。
後半は、狂気のこもったリンジーのエレキが弾きまくられます。
この手のソロを弾かせたら右に出るものはいませんね。

 

この曲は4thシングルとしてカットされ、第86位を記録してます。

 

C面(2枚目のA面)1曲目は、ANGEL(エンジェル)。

 

スティーヴィーによる軽快な楽曲です。
ベースラインがとてもいいです。
また、バックで流れるオルガンの音もいいです。
ギターのバッキングもばっちりです。
ドラムも軽快にミドルテンポを刻みます。
マックの全員の個性が現われた、良曲になっていますね。

 

もちろん、スティーヴィーのヴォーカルもグッドです。
後半の力強いヴォーカルとそれに絡むリンジーのギタープレイはばっちり息が合っています。

 

2曲目はTHAT’S ENOUGH FOR ME(それでいいの)。

 

リンジーの爆走ソングです。
カントリーっぽい楽曲で、途中のギターソロもそれっぽいです。
リンジーのシャウトもなかなかいいですが、2分経たずにあっという間に終わってしまいます。
これも、実験的といえばそうかもしれません。
でも、ノリノリではあるので、決して悪くはないと思います。

 

3曲目はBROWN EYES(茶色の瞳)。

 

クリスティンによる静かな楽曲です。
こうして静かな楽曲を聴くと、それぞれの楽器の良さがじっくりと楽しめますね。
ベースやドラムのリズム隊が、非常にかっちりしていることに気づけます。
シャララシャララのコーラスが神秘的な感じを生み出しています。

 

4曲目はNEVER MAKE ME CRY(ネヴァー・メイク・ミー・クライ)。

 

続けてクリスティンの楽曲です。
こちらはいつものように、美しいバラードです。
この方の声もとても優しくて温かくていいですね。
スティーヴィーの声と共に、マックにはなくてはならない声です。

 

5曲目はI KNOW I’M NOT WRONG(アイム・ノット・ロング)。

 

リンジーの軽快でアップテンポな楽曲です。
エレキとアコギのミックスされたバッキングがいいです。
楽しい雰囲気の楽曲になってます。
リンジーのソロも軽快に奏でられて、あっという間に終わります。

 

D面(2枚目のB面)の1曲目は、HONEY HI(ハニー・ハイ)。

 

これはクリスティンの楽曲です。
おとなしい、静かな楽曲になってます。
久々に全員のコーラスが聴こえます。
これは後半のコーラスが全て、のように感じられる、ちょっと存在感の薄い楽曲になってます。

 

2曲目はBEAUTIFUL CHILD(ビューティフル・チャイルド)。

 

スティーヴィーの作品です。
久々にリンジーとのデュエットを聞かせてくれます。
やはりこの二人は最高に息が合いますね。
そしてそこに優しく加わるクリスティンのコーラス
この3人の存在はミラクルですね。
素晴らしい、美しい楽曲を作り上げてくれてます。

 

3曲目はWALK A THIN LINE(ウォーク・ア・シン・ライン)。

 

リンジーの作品です。
これもゆったりと楽曲が進んでいきます。
リンジーの狂気ではない穏やかな部分が出てて、心地よく楽しめる曲になってます。
バックを彩るギターのアルペジオと、コーラスが美しい曲ですね。

 

4曲目はTUSK(タスク)。

 

アルバムのタイトルトラックで、リンジーによる楽曲です。
アフリカの土着のリズムを感じさせる、独特の楽曲です。
リンジーが抑制されたヴォーカルで、歌っていきます。
不思議なノリのある曲で、最初は変に感じるかも知れませんが、引き込まれて行きます。
途中からブラス隊の演奏が豪華に楽曲に彩って行きます。

 

この曲はアルバムの先行シングルとなったわけですが、大ヒットの前作RUMOURS(噂)の余韻覚めやらぬ中現われたこの楽曲に多くのリスナーは驚かされたに違いありません。
洗練されたポップスではなく、野生に帰ったような風変わりな歌だったからです。
それでも、チャートアクションは悪くなく、第8位を記録することになりました。

 

アルバムラストを飾るのは、NEVER FORGET(思い出の一夜)。

 

安定のクリスティンによる優しい楽曲です。
前曲で、大きく意表を突いた後、定番のマック節が来ると安心しますね。
心が安らぎます。
アコギのストロークと、コーラスが美しく曲を飾ります。
これがリンジーのプレイかと思うと、彼の二つの面の才能に驚かされます。
最後は、ちょっと拍子抜けする感じでフェイドアウトです。

まとめとおすすめポイント

1979年リリースのFLEETWOOD MAC(フリートウッド・マック)の12枚目のスタジオアルバム、TUSK(牙(タスク))はビルボード誌アルバムチャートで第4位に終わります。
そしてアメリカでのセールスは200万枚、世界中でも400万枚、と前作と比べると、大きく成績を落としてしまいました。

 

やはりまず、2枚組、というのは金額も上がるので、リスナーが買いにくかったのは一つの理由として挙げられるでしょう。
それにしても制作費は100万ドルという、非常にコストのかかったアルバムだけに、レコード会社は頭が痛かったでしょう。
商業的な失敗をリンジーの過剰なプロデュースのせいだと考えます。
しかし、マック側は、アルバムリリースに先立って、全曲がラジオでオンエアされ、多くのリスナーがそれをカセットに収めたから売れなかったのだと主張しています。

 

まあ、何が原因かははっきりわかりませんが、前作よりセールスが落ちたのは間違いありません。

 

では内容が悪かったのでしょうか。

 

これも結構意見が割れてますね。
前作があまりに洗練された素晴らしいポップアルバムだっただけに、そこを求める人にとってはこの長い、雑多に思える作品はちょっと受け入れにくい感じでしょう。
特に、リンジーがらみの作品がかなり前衛的で、保守的な人にとってはなかなか異質に感じられたようです。

 

しかし、逆にこの雑多な感じが、長くても飽きることなく聴ける、と肯定的にとらえる人たちもいます。
リンジーがかなりぶっ飛んではいますが、スティーヴィーとクリスティンの楽曲は抜群の安定感を見せていますからね。
この3人の個性がそれぞれ輝きを放って混在している、といった感じが、非常によいとの感想を持つ人もおられます。

 

どのようにとらえるかは、人それぞれではあります。
僕個人の意見を言わせてもらうと、やはりリンジーの楽曲をどうとらえるかで大きく違うのではないかと思われます。
このアルバムで聴ける、結構奇抜に思える彼の作品群も、繰り返し聴いていくと、味のあるものに思えてきます。
ほとんどの彼の曲は2分から3分という短いものですので、それは聴くのが辛い長さではありません
むしろ、アクセントとして、なかなかな存在感を放っているように感じられます。
やはり、この3人の才能のぶつかり合いは、この黄金期に入ったマックの魅力の一つと言えますので、僕は肯定的にとらえたいと思います。

 

70年代最後の年にリリースされたこの作品は、80年代のサウンド以前の、古き良き温かさを包含していると思います。

 

ちょっと実験的ではありますが、それでも一定のクオリティを保つこのアルバムは、今でも3人の希代のヴォーカリストによる輝きを放っている優れた作品としておすすめしたいと思います。

チャート、セールス資料

1979年リリース

アーティスト:FLEETWOOD MAC(フリートウッド・マック)

12thアルバム、TUSK(牙(タスク))

ビルボード誌アルバムチャート第4位 アメリカで200万、世界で400万枚のセールス

1stシングル TUSK(タスク) ビルボード誌シングルチャート第8位

2ndシングル SARA(セーラ) シングルチャート第7位、Adult Contemporaryチャート第13位

3rdシングル THINK ABOUT ME(シンク・アバウト・ミー) シングルチャート第20位 Adult Contemporaryチャート第39位

4thシングル SISTER OF THE MOON(月世界の娘) シングルチャート第86位