イギリスから世界へ 洗練された英国ポップユニット TEARS FOR FEARS - SONGS FROM THE BIG CHAIR(邦題:シャウト)

TEARS FOR FEARS(ティアーズ・フォー・フィアーズ)との出会い





僕が初めて彼らの音に触れたのはSHOUT(シャウト)という楽曲だったと思います。
1984年に彼らの母国イギリスでシングルとしてリリースされたこの曲は非常に強烈で印象的な楽曲でした。
チャートに上がると当然のようにPVなども繰り返し見ることになります。
それを見る限り、明るくポップな曲のあふれている時代に、なんか悲壮感漂うのにポップ、という非常に相反する要素がとても目立ったのを記憶しています。

 

曲自体はカラフルなのに、二人のヴォーカルスタイルが何か影をもっている不思議な感じです。
このバンドは、Roland Orzabal (ローランド・オーザバル)と Curt Smith(カート・スミス)という主に二人のユニット(一応このアルバムでは4人組のクレジットはされています。)です。
この二人が、当時のMTV全盛時代の割には、なんかイケテル感じがしなくって、普通の兄ちゃんたち、って感じがしてました。
当時イギリスからは第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの波が世界に押し寄せていた中で、カルチャー・クラブ、デュラン・デュラン、ワム!など華々しいバンドが席巻している中で、この人たちは何て地味なんだろう、と僕は思ってたのです。(個人の感想です。)

 

しかし、見た目の華はないのに、音楽は非常に強烈で忘れがたい楽曲、というギャップに惹かれた僕は、彼らのアルバムを聴く事になりました。
それはなかなか緻密でカラフルな、そして時には影のある、聴き応えある素敵なポップアルバムでした。

TEARS FOR FEARS(ティアーズ・フォー・フィアーズ)とは

このローランドとカートの二人は、イギリス人でティーンエイジャーの頃からの幼馴染です。
そして二人はセッションミュージシャンとして活動を始めます。

 

二人のプロデビューは、ニューウェイヴ系のGraduate(グラデュエイト)というバンドで、1980年にActing My Ageというアルバムをリリースしています。
このバンドは、小さなヒット曲を出しましたが、1981年には解散しました。

 

1981年までには、二人は当時流行っていた、Talking Heads(トーキング・ヘッズ)、Peter Gabriel(ピーター・ガブリエル)やBrian Eno(ブライアン・イーノ)などに大きく影響を受けることになります。
確かにそんな雰囲気が感じられますね。
特に、ブライアン・イーノのアンビエント・ミュージック(環境音楽)の影響が、二人のアルバムのあの柔らかい広がり感を出したに違いないと感じられます。

 

そして彼らは自らバンドを結成し活動を始めます。
バンド名は、History of Headaches
頭痛の歴史って・・・。
と思いきやすぐにTEARS FOR FEARS(ティアーズ・フォー・フィアーズ)に変更します。
頭痛の歴史、から、恐れのための涙、を意味する名前へ、って何かこの辺に病んでる感が漂いますね。

 

というのも、二人とも親の離婚を経験しており、心の傷を負って成長していったようですね。
その辺が僕の感じた、カラフルな楽曲なのに華がない、という印象につながっているのかもしれません。
ところで、このバンド名は、アメリカの心理学者アーサー・ヤノフの心理療法によってインスパイアされたものとなっています。
アーサー・ヤノフの原初療法とは、ジョン・レノンが患者となったこともあって非常に有名になった心理療法の一つのようです。
子供の頃に受けた心の傷の癒しを、そうした療法に求めたことが、彼らの音楽性や歌詞の世界に大きな影響を与えることになりました。

 

そうして、二人はバンドメンバーを集めて活動を始めることにします。
そのころ出会った、 Ian Stanley(イアン・スタンリー)は自宅の8トラックのレコーディングスタジオを無料で開放し、ティアーズ・フォー・フィアーズの初期の楽曲制作にキーボードプレーヤーとして大きく貢献します。
そして、二人の活動の初期に出会っていたドラマーの Manny Elias(マニー・エリアス)も加わり、ティアーズ・フォー・フィアーズは4人組バンドとして1stアルバムを制作することになりました。

 

1983年にリリースされた彼らのデビューアルバム、THE HURTINGザ・ハーティング)はギターとシンセがサウンドの中心になっており、そこにローランドの苦い少年時代を反映した歌詞が乗る、コンセプトアルバムとなっています。
このアルバムは本国イギリスではNo.1を獲得、3曲のシングルヒットを含んで幸先の良いスタートを切りました。
アメリカではビルボード誌のアルバムチャートで第73位にとどまりましたが、50万枚を売り上げ、ゴールドディスクに認定されています。

 

そして、1stアルバムと2ndアルバムのつなぎとして出したシングル、The Way You Are(ザ・ウェイ・ユー・アー)がイギリスで第24位、と思ったほどのヒットとなりません。
また、二人もこの曲に関しては気に入っておらず、方向性を変える必要性を強く感じ、1年のブランクをおきます。

 

こうしてブランクの間、新たなティアーズ・フォー・フィアーズの音楽の方向性が定まっていきます。
再びChris Hughes(クリス・ヒューズ)をプロデューサーに迎え、2ndアルバムの制作に取り掛かります。
今回は1stアルバムで見せた単なるシンセポップのくくりを脱し、よりソフィスティケイト(洗練)された音楽へと変貌を遂げることができました。

 

では今日は、1985年にリリースされた、TEARS FOR FEARS(ティアーズ・フォー・フィアーズ)の2ndアルバム、SONGS FROM THE BIG CHAIR(邦題:シャウト)をご紹介したいと思います。

SONGS FROM THE BIG CHAIR(邦題:シャウト)の楽曲紹介

オープニングを飾るのは、SHOUT(シャウト)。

 

イントロからいろんな音が楽曲全体を飾っています。
この曲でのパーカッション的な音は、ほぼLinnDrum(リンドラム)というドラムマシーンによるもののようです。
やはりこの時代まさにこうした機材が革命的に発達していた頃で、見事に使いこなして独特の楽曲を生み出していますね。
また、ベースはシンセベースが用いられており、無機質な感じが曲に独特の雰囲気を与えています。
加えて全編にシンセサウンドが80年代独特のキラキラ感をかもし出してもいます。

 

しかし、そうした独特の音世界が作られているものの、やはりヴォーカルがティアーズ・フォー・フィアーズの音楽を印象付けています。
この曲はローランドがリードヴォーカルを務めています。
この声、柔らかくも力強く、そして空中を漂うような情感たっぷりの声こそが彼らの最大の武器ではないかと僕は思います。
前述のように、見た目はイマイチ(失礼)な気がするのですが、この声は十分に魅力的ですね。
また、サビの“Shout,Shout,Let it all out♪”の部分の繰り返しは、一度聴いたら忘れられない強烈な印象を残します。

 

ギターソロもローランドによるものですが、小難しいテクニックなどない、シンプルなメロディを浮遊感たっぷりに奏であげています。
楽曲全体は重厚で荘厳な雰囲気いっぱいなのに、ポップスとしても成立している、80年代を代表する1曲になりました。

 

この曲は、イギリスで2ndシングルとしてカットされNo.1になったのを初めとして世界中で大ヒットを記録しました。
アメリカでも2ndシングルとしてカットされ、ビルボード誌シングルチャートで3週連続No.1、同誌Dance Club SongsチャートでもNo.1、同誌Dance/Electronic Singles SalesチャートでもNo.1、同誌Mainstream Rockチャートで第6位を記録しました。

 

2曲目は、THE WORKING HOUR(ザ・ワーキング・アワー)。

 

この曲はいきなりサクソフォンのソロから始まります。
サックスの音の周りをシンセサウンドが彩るイントロに続いてパーカッションが加わり、再びサックスが響き渡ります。
前曲と全く異質な始まりを見せますが、歌メロが入る頃には、やはりティアーズ・フォー・フィアーズのサウンドになってるところがいいですね。
ローランドのヴォーカルがここでも、楽曲の中心で歌い上げられます。
サックスの音も、途中から異質に感じなくなり、楽曲に溶け込んだ風に感じられるのが不思議です。

 

ダークな雰囲気の歌なのですが、歌のメロディがいいので、つい聴きいってしまいます。
シンセの音も、サックスのソロも、楽曲をいい感じに盛り上げて、良曲に仕上がってます。
アルバムの2曲目で、とても重たいのに、聴き苦しくはないという、彼らの独特の世界になっています。
ここまで、重厚なポップアルバムの様相を呈してお腹いっぱいになれます。

 

3曲目は、EVERYBODY WANTS TO RULE THE WORLD(ルール・ザ・ワールド)。

 

もう、これは超絶に爽快な名曲になっています。
イントロのシンセと、ディレイ交じりのエレキのクリーンサウンドが、非常に気持ちいいです。
そしてドラムが入ると、ゆったりのシャッフルビートで、心地よさ抜群です。

 

この曲のメインヴォーカルはカート・スミスの方です。
彼のほうが少し線が細く、柔らかいイメージがありますが、それがこの爽やかな楽曲にぴったりとはまっています。
ギターソロも、夏のビーチの感じがして、とっても気持ちよいサウンドになってます。
雰囲気で言えば、ヒューイ・ルイスのアルバムに入ってもおかしくないような陽気で心地よいサウンドになっていますね。

 

ところが、もともとローランドは当初、この曲はアルバムの他の曲の中で非常に軽すぎて、合わないと感じていたようです。
加えて、最初歌詞は “everybody wants to go to war”といったもので、パッとしなかったように感じられてました。
確かにそんな歌詞だと、雰囲気ぶち壊しですよね。
また、シャッフルビートもこれまでのティアーズ・フォー・フィアーズにはないリズムでしたし、シャウトの厳格な感じと比べると明らかに陽気で異質なものでした。

 

そのようにローランドはこの曲に対して消極的だったのですが、プロデューサーのクリス・ヒューズの説得によりレコーディングが進められます。
結果として、アルバムの中では異彩を放ってはいるものの、またも80年代を代表するような優秀な作品が世に出ることになりました。

 

イギリスでは、この曲は3rdシングルとしてカットされ、第2位を記録し、世界中でも大ヒットを記録しています。
しかし、この曲はカート・スミスによると、アメリカでのヒット狙いという作りもあり、アメリカでは1stシングルとしてリリースされます。
この戦略は効を奏し、バカ売れして、ティアーズ・フォー・フィアーズはアメリカで大ブレイクを果たすことになりました。

 

アメリカで1stシングルとしてリリースされたこの曲はビルボード誌シングルチャートで2週連続No.1を記録します。
また、同誌Dance Club Songsチャートと、同誌Dance/Electronic Singles SalesチャートでNo.1を記録。
加えて、同誌Adult Contemporaryチャートと、同誌Mainstream Rockチャートで第2位を記録しています。
ちょうど第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン真っ盛りの時期でしたが、まさにその波に乗りアメリカの音楽市場を見事に侵略(インヴェイジョン)することができたのでした。

 

4曲目は、MOTHERS TALK(マザーズ・トーク)。

 

また再びダークで力強いサウンドに戻ります。
シンセベースが16分のリズムを刻み、非常に勢いのある楽曲になっています。
この曲ではエレキギターが結構目立って楽曲を飾り立ててます。
間奏部の切り裂くようなエレキのリフも非常にかっこよいですね。
ところどころに挿入されるオーケストラヒットも、非常にかっこよく効果的に決まってます。
なかなかハードでエッジの効いたロックテイストのある曲になってますね。

 

この曲はイギリスではアルバムリリースの約半年前に先行シングルとしてリリースされ、第14位を記録しています。
そしてアメリカでは、アルバムから3曲が大ヒットしたのを受けて、リミックスヴァージョンという形で4thシングルとしてカットされシングルチャートで第27位を記録しています。

 

5曲目は、I BELIEVE(アイ・ビリーヴ)。

 

ここで静かな静かなバラードがやってきます。
この曲ではローランドがグランドピアノをプレイしています。
非常に静かで、暗めの曲ですが、ローランドのヴォーカルが非常にうまく歌い上げてます。
曲のメロディがいいのと、伴奏のピアノの重厚感とがあいまって、なかなかいい感じに仕上がっていると思います。
ところどころに登場するサックスも、目立ちすぎずちょうどいい具合に曲を盛りたててます。
ローランドの裏声もとても心地よく聞こえます。
アルバムの中ではこれまた異質ではありますが、しっとりとしたいい曲で、いいアクセントになっています。

 

この曲はイギリスでは5thシングルとしてカットされ、第23位を記録しています。

 

6曲目は、BROKEN(ブロークン)。

 

前の静かな感じから、この曲の動への流れがとてもいいです。
激しいドラムと、ベースの組み合わせにエレキサウンドが加わるイントロはとてもかっこいいです。
少しずつ盛り上がっていき、途中に次の曲であるHEAD OVER HEELS(ヘッド・オーヴァー・ヒールズ)のイントロのメロディが加わるところのアイディアはとてもいいです。
この曲のギターソロは、ゲストミュージシャンによるものですが、なかなかかっこよく決めてます。
歌が始まって間もなく再びヘッド・オーヴァー・ヒールズのメロディが始まり、次の曲へ入って行きます。

 

7曲目は、HEAD OVER HEELS/BROKEN (Live)(ヘッド・オーヴァー・ヒールズ~ブロークン (ライヴ・ヴァージョン) )。

 

短い前曲からのチェンジで、ゆったりしたポップロックが始まります。
この曲は2年ほど前から、ライヴでブロークンと共に切れ目なくつながった曲として発展してきた曲のようです。
これもポップス的にとてもいい曲になっていますね。
やはりメロディがいいですし、裏声交じりのローランドのヴォーカルが非常にはまってます。
コーラスのカートとの掛け合いもとてもいいです。
シンセの飾り方も80年代ど真ん中のキラキラ感があふれてます。
後半のシンガロングパートも、とても覚え易いですし、気持ちのよいメロディになっています。
その裏のベースラインもとても快適な耳障りです。

 

そして再びブロークンへ。
少し激し目のサウンドに戻って、ここでもエレキギターが目立ってます。
カッティングストロークが心地よく楽曲を飾ってますね。
そして歓声と共に楽曲は終了。

 

この曲のヘッド・オーヴァー・ヒールズの部分がアメリカで3rdシングルとしてカットされ、シングルチャート第3位、Adult Contemporaryチャート第5位、Mainstream Rockチャートで第7位を記録しています。
イギリスでは4thシングルで、第12位を記録しています。

 

アルバムラスト8曲目は、LISTEN(リスン)。

 

これは7分ほどに及ぶ大作になってます。
ヴォーカルはカートがメインを歌ってます。
イントロのメロディも、とてもいいですね。
暗い曲ですが、メロディがいいのでつい引きこまれます。
ダークな雰囲気にきれいなシンセサウンドで、ここでも浮遊感が心地よいです。
途中から加わる、Marilyn Davisという女性ヴォーカルがいいアクセントになっています。
また、エレキギターの宙を舞うようなソロメロディもいい感じです。

 

大きな盛り上がりがない曲ですが、7分の長さをあまり感じさせないほどの構成になっています。

まとめとおすすめポイント

1985年リリースの、TEARS FOR FEARS(ティアーズ・フォー・フィアーズ)の2ndアルバム、SONGS FROM THE BIG CHAIR(邦題:シャウト)はビルボード誌アルバムチャートで5週間No.1の座に君臨しました。(5週連続ではありません。)
また、カナダやドイツ、オランダなどでもNo.1、本国イギリスでは第2位を記録し、世界的な大ヒット作品となりました。
売り上げはアメリカだけで500万枚を記録しています。

 

まさに第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンに乗った好例ともいえる素晴らしい成績を収めています。
1stアルバムもそこそこのヒットを記録してはいますが、今回は大きく内容が変化してきています。
基本的にはニューウェイヴ、シンセポップに属する内容となってはいますが、その緻密さが格段に上がり洗練の度合いが増していると思われます。

 

まず、80年代ど真ん中だけに、当時の流行をしっかりと取り入れてますね。
最新のシンセ、ドラムマシンなどを駆使して、非常に新鮮なアレンジがアルバムにあふれています。
そして、アルバム全部の作曲にローランドが関わってますが、彼のメロディメイカーとしての才能も見事に開花したと言えるのではないでしょうか。
やはり、メロディが良いので、ポップアルバムとして非常に聴き易く、耳障りがよいのです。

 

あと、どうしても加えておきたい点ですが、ブライアン・イーノの影響によるものと思われますが、アンビエント・ミュージック(環境音楽)的な雰囲気がアルバム全体に漂ってますね。
ここに、聴いて心地よい秘密が隠されてるのではないかと僕は思っています。
楽器もヴォーカルも、浮遊感を感じる部分が非常に多く感じられます。
また、とりわけルール・ザ・ワールドのあの、美しい音響の空間処理は、楽曲の持つクオリティを1段も2段も上げていると思えます。

 

最新の機材、美しいメロディ、柔らかくも芯のあるヴォーカル、そして浮遊感漂う美しい音響空間、これらの融合が極上のポップアルバムを作り上げたといえるのではないでしょうか。

 

まさに絶妙のタイミングでイギリスから世界に飛び出したこのアルバムは、やはり80年代洋楽を語る上で欠かすことができない名盤と言えると思います。

チャート、セールス資料

1985年リリース

アーティスト:TEARS FOR FEARS(ティアーズ・フォー・フィアーズ)

2ndアルバム、SONGS FROM THE BIG CHAIR(邦題:シャウト)

ビルボード誌アルバムチャートNo.1(連続ではない5週間) アメリカで500万枚のセールス

アメリカでのシングルリリース

1stシングル EVERYBODY WANTS TO RULE THE WORLD(ルール・ザ・ワールド) ビルボード誌シングルチャートで2週連続No.1、同誌Dance Club SongsチャートNo.1、同誌Dance/Electronic Singles SalesチャートNo.1、同誌Adult Contemporaryチャート第2位、同誌Mainstream Rockチャート第2位

2ndシングル SHOUT(シャウト) シングルチャート3週連続No.1、Dance Club SongsチャートNo.1、Dance/Electronic Singles SalesチャートNo.1、Mainstream Rockチャート第6位

3rdシングル HEAD OVER HEELS(ヘッド・オーヴァー・ヒールズ ) シングルチャート第3位、Adult Contemporaryチャート第5位、Mainstream Rockチャート第7位

4thシングル MOTHERS TALK(マザーズ・トーク) シングルチャート第27位