ロック界の妖精の安定の4thソロアルバム STEVIE NICKS - THE OTHER SIDE OF THE MIRROR

3rdソロアルバムからの流れ





1985年リリースのSTEVIE NICKS(スティーヴィー・ニックス)の3枚目のアルバム、ROCK A LITTLE(ロック・ア・リトル)はビルボード誌アルバムチャートで第12位、アメリカで100万枚を売り上げました。
ロック・ア・リトルは僕にとって人生初のCD(コンパクト・ディスク)であり、非常に愛着を持って聴きまくったアルバムでした。

 

スティーヴィーはこのアルバムリリース後、ソロツアーを展開します。
しかし、この頃かなり深刻な問題を抱えていました。
医者は、もしコカインをやめないのであれば、深刻な健康問題を抱えるようになる、と警告していたのです。
次にコカインを摂取したときには、ぽっくりいってしまう、とさえ言われていました。

 

それで、オーストラリアでのツアー終了後、コカイン中毒を克服するため、薬物依存の治療機関に30日間入所します。
彼女は音楽と人生において、Janis Joplin(ジャニス・ジョプリン)と Jimi Hendrix (ジミ・ヘンドリックス)の影響を大きく受けていると語っています。
どちらも、音楽的に大きな影響を後世に残したアーティストであると同時に、薬物依存が命を縮めたところも共通しています。
そんな二人についてスティーヴィーはインタビューでこんなことを述べています。

わたしは、二人がどのように倒れたかを知っている。
わたしの一部は、彼らと共に同じように倒れることを願っていた。
でも、わたしの別の部分は考えたの。「10年後に、もし25歳の女性ロックシンガーが “スティーヴィーがもうちょっとよく考えてたら良かったのに・・・” と言ってたらわたしは悲しいだろうな。」
そのように考えることが、薬物への依存からわたしをとどめ、目を覚まして世界を見る助けになったの。

そして後に、逆戻りすることを心配した友達のアドバイスに従って、精神科医に治療を求め、コカイン中毒を乗り越える戦いに向かうことができました。

 

こうして自身の問題を戦いながらもツアーは続きます。
そんな中、それぞれのソロ活動が活発になり、解散の噂もあったFLEETWOOD MAC(フリートウッド・マック)が5年ぶりに終結、14thアルバムの制作に入ります。
スティーヴィーはツアー中で、あまりレコーディングには加わる時間はありませんでしたが、何とか数曲を提供。
無事に1987年に14thアルバム、TANGO IN THE NIGHT(タンゴ・イン・ザ・ナイト)がリリース。
多くのヒットシングルを出し、大ヒットアルバムとなりました。

 

しかし、音楽の創造性の相違と、解決されないバンド内の個人的な問題のため、Lindsey Buckingham(リンジー・バッキンガム)がアルバムのプロモートツアーの直前に脱退します。
激怒して元彼の脱退に食って掛かるスティーヴィー。
ですが、リンジーの心はすでにバンドから離れていました。

 

結局、リンジーに代わるギタリストを入れてツアーを決行。
無事にプロモーションは終わり、アルバムもセールスを伸ばすことに成功しました。

 

フリートウッド・マックでの活動がひとしきり終わって、スティーヴィーは再び自身のソロアルバムの制作に入ります。
今回はプロデューサーとして Rupert Hine(ルパート・ハイン)を起用。
前作で、80年代らしいシンセポップサウンドが聞けましたが、今回はそのようなキラキラ無しに、スティーヴィーの魅力が最大限に表現されているように感じられます。

 

では今日は、1989年リリースの、STEVIE NICKS(スティーヴィー・ニックス)の4thソロアルバム、THE OTHER SIDE OF THE MIRROR(ジ・アザー・サイド・オブ・ザ・ミラー)をご紹介します。

THE OTHER SIDE OF THE MIRROR(ジ・アザー・サイド・オブ・ザ・ミラー)の楽曲紹介

オープニングを飾るのは、ROOMS ON FIRE(ルームズ・オン・ファイアー)。

 

この曲は、スティーヴィーと、前作ロック・ア・リトルのプロデューサーのRick Nowels(リック・ノウェルズ)による共作です。
非常にポップで、とてもメロディの良い良質の楽曲になっていると思いますね。
アルバムの先行シングルとしてリリースされましたが、とても洗練された音使いと、変わらず魅力的なスティーヴィーのヴォーカルにより美しく仕上がっています。

 

PVも制作されていますが、彼女は全然歳をとった気がしません
一部ささやかれている、彼女は魔女ではないか、という噂もあながち嘘ではないのかもと思わせてくれます。
いつもの、ひらひらのロングスカートで、美しく歌い上げている姿を見て、4年ぶりに帰ってきてありがとう、という気持ちになりました。

 

この曲の内容はというと、後の彼女の告白で明らかになっていますが、このアルバムのプロデューサーのルパート・ハインとの恋がテーマになっているようです。
恋多きスティーヴィー、健在です!
音楽について語り合う前に、すでに彼をプロデューサーとして雇った、というのですから、きっといつものように、ビビビって来たんでしょう。
まるで山の頂上にある、オランダの素晴らしいお城で、魔法のアルバムを作るよう二人がスピリチュアルな合意をしたように感じています。
彼女のイメージの中では、ルパートがそのお城の部屋に来るときはいつも、その部屋が燃えているように感じられたようです。
そんな燃える感情が、歌になってあふれてきました。

 

40歳を越えても、なお恋に落ち、それを楽曲制作の糧に出来るスティーヴィー、素晴らしいと思います。

 

この曲はアルバムの先行シングルで、ビルボード誌シングルチャートで第16位、同誌 Adult Contemporaryチャートでも第16位、同誌 Mainstream RockチャートではNo.1に輝いています。

 

2曲目は、LONG WAY TO GO(ロング・ウェイ・トゥ・ゴー)。

 

この曲はスティーヴィー、リック・ノウェルズ、そしてCharles Judgeという人の共作になっています。
ロックテイストあふれるかっこいい楽曲ですね。
ベースは元キング・クリムゾンのTony Levin(トニー・レヴィン)が弾いていますね。
一流ミュージシャンが盛り上げてます。

 

内容はというと1年ほど前に別れなくちゃならなかった、切ない恋の体験が元になっているようです。
辛い恋も彼女にとっては芸の肥やしです。

 

この曲は2ndシングルとしてカットされ、Mainstream Rockチャートで第11位を記録しています。

 

3曲目は、TWO KINDS OF LOVE(トゥー・カインズ・オブ・ラヴ)。

 

この曲はスティーヴィーとリック、そしてルパートの3人による共作です。
そしてお約束のデュエットソングになっており、今回は Bruce Hornsby(ブルース・ホーンズビー)がお相手です。

 

いつものごとく、彼女のデュエットはいいですね。
いろんな男たちと共に歌ってきましたが、今回もいい味を出しています。
大抵の場合、お相手といい感じの仲になるのもお約束でしたが、ブルースの場合はそうはならなかったようですね。
毒牙を逃れた、というよりも、その時点でルパートといい仲だったからでしょうね。

 

この曲のもう一つの聴き所は Kenny G(ケニー・G)がサックスで参加していることでしょう。
彼の特徴の心地よく軽やかなプレイが、楽曲を美しく優しく彩っています。

 

あと、ベースはトニー・レヴィン、アコースティック・ギターはWaddy Wachtel(ワディ・ワクテル)がプレイしています。

 

とってもいい曲だと思うのですが、シングルヒットすることはなかったようです。

 

この曲は3rdシングルとしてカットされましたが、チャートインは逃しています。

 

4曲目は、OOH MY LOVE(私の愛は・・・)。

 

これはスティーヴィーとリック・ノウェルズの共作です。
ミドルテンポの気だるい感じの楽曲です。
サビのゆったりしたメロディが印象的で、スティーヴィーらしく力を抜いて歌っています。

 

本人も後にフェイヴァリットソングと語った、なかなかの楽曲です。

 

5曲目は、GHOSTS(ゴースト)。

 

これはスティーヴィーとハートブレイカーズのMike Campbell(マイク・キャンベル)の共作です。
イントロのアコギのアルペジオから、マイクらしく美しくプレイされています。
ギターの音の空間処理が非常に美しく楽曲を彩っています。
サビもキャッチーで、これまた佳曲と言えるでしょう。

 

6曲目は、WHOLE LOTTA TROUBLE(ホール・ロッタ・トラブル)。

 

スティーヴィーとマイク・キャンベルの共作曲が続きます。
少し妖しい雰囲気から始まる豪快、ゴージャスな骨太のロックソングです。
THE L.A. HORNSによるホーンセクションの音が楽曲を豪華に盛り上げます。
マイク・キャンベルはスライド・ギターで演奏にも参加してます。
また、ベースにはトニー・レヴィン、ギターでワディ・ワクテルも参加です。

 

バックの音が厚みのあるサウンドを豪快に鳴らしてますが、スティーヴィーも負けてません。
さすがロックの歌姫とも言われるだけあって、バックの音と対等に渡り合ってますね。
そのパワフルなヴォーカルにより、この曲はグラミー賞の、最優秀女性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞にノミネートされています。

 

7曲目は、FIRE BURNING(ファイアー・バーニング)。

 

これはスティーヴィーとマイク・キャンベル、そしてルパート・ハインによる共作です。
爽やかなアコギのストロークが際立つ、カントリーロックソングです。
これはギターをマイク・キャンベルとワディ・ワクテルで分け合ってます。

 

こんな軽快な曲にも合うダミ声って他にあるでしょうか。
スティーヴィーの声は、こんな爽やかな楽曲にもぴったりと溶け込めるのです。

 

8曲目は、CRY WOLF(クライ・ウルフ)。

 

これは珍しくカバーソングになってますね。
原曲はLaura Branigan(ローラ・ブラニガン)の1987年のアルバムTOUCHからの3rdシングルです。

 

他人の曲でも、スティーヴィーが歌えば完全に自分の曲にしてしまえますね。
もともときれいな楽曲でしたが、さらにクオリティアップした楽曲になっています。
ベースはトニー・レヴィンでこの曲では特にグルーヴが目立って聞こえます。

 

9曲目は、ALICE(アリス)。

 

これはスティーヴィーとルパート・ハインの共作です。
アルバム中のハイライトとも言える楽曲ですね。
アルバムタイトルの、THE OTHER SIDE OF THE MIRROR はこの曲の歌詞から取られています。

 

ここに登場するアリスとは、Alice’s Adventures in Wonderland(不思議の国のアリス)のアリスのようです。
この物語のテーマが、アルバムのざっくりとしたコンセプトになっているみたいです。
まあ、スティーヴィーが自分をアリスになぞらえても、僕は驚きませんけどね。

 

曲の雰囲気もイントロから、かなり不思議なシンセサウンドに包まれて独自の世界を生み出しています。
アコギはワディ・ワクテルが担当しています。
Aメロはたんたんと歌っていきますが、サビではシンセの音と共に盛り上がっていきます。
サビメロのコーラスが、美しく曲の厚みを増してます。
間奏部では再びケニー・Gが登場。
柔らかいサックスを聞かせてくれます。
ラストでも伸びやかなメロディを披露しています。

 

世界観や雰囲気に弾きこまれる、名曲に仕上がっていると思います。

 

10曲目は、JULIET(ジュリエット)。

 

この曲はスティーヴィー単独の楽曲です。
ずんずんと力強く進むドラムのリズムに絡むシンセサウンドがクールな世界を生み出しています。

 

ギターにワディ・ワクテル、スライドギターにマイク・キャンベルを配し、ロックっぽいサウンドが構築されてます。
そしてサビでは再びブルース・ホーンズビーがバックコーラスで参加し、曲を盛り上げてます。
加えて、彼の得意の軽やかなピアノプレイが曲中にちらほらと散りばめられています。
彼のピアノの音はとっても好きですね。
爽やかな印象が伴ってます。

 

11曲目は、DOING THE BEST THAT I CAN (ESCAPE FROM BERLIN)(ドゥーイング・ザ・ベスト・ザット・アイ・キャン)。

 

この曲もスティーヴィーによる曲です。
クライマックス前に配置された重厚感のある楽曲です。
こんな重い曲にも当然ながら彼女のダミ声がぴったりとはまります。
この曲でもトニー・レヴィンがベースラインを響き渡らせてます。
また、重々しい中でもシンセが楽曲をきらめかせています。

 

アルバムラスト12曲目は、I STILL MISS SOMEONE (BLUE EYES)(ブルー・アイズ)。

 

この曲は1958年のJohnny Cashというカントリーシンガーの楽曲のカバーです。
スティーヴィーにカバー曲って珍しいのですが、このアルバムでは2曲もカバー曲を入れてきました。

 

オリジナルは完全なカントリーソングですが、カントリーにレゲエ調のリズムを取り入れて、全く別物のようになってます。
詩も少しいじってるみたいで、幾らか改変されています。
Johnny Cashは低音の魅力で歌っていますが、逆にスティーヴィーが伸びやかに歌っているのが心地よいです。

 

この2曲目のカバー曲も、当然のようにスティーヴィーが完全に自分のものにしていますね。
優しい気持ちになれる、ホッとする曲でアルバムは幕を下ろします。

 

日本盤では13曲目に、Has Anyone Ever Written Anything for You(誰かあなたに)のライヴが収められています。
原曲もとても素敵で好きですが、ライヴも最高ですね。

まとめとおすすめポイント

1989年リリースの、STEVIE NICKS(スティーヴィー・ニックス)の4thソロアルバム、THE OTHER SIDE OF THE MIRROR(ジ・アザー・サイド・オブ・ザ・ミラー)はビルボード誌アルバムチャートで第10位、アメリカで100万枚を売り上げました。

 

これもまた、名曲、佳曲の数々が収められ、非常にいい作品になったと思ってますね。
ただ、シングルヒットが先行シングルの一曲だけ、というなかなか厳しい結果となっています。
これまでは、ソロ作においてはシングルヒットを多発していましたが、80年代も末期になってヒット曲が出にくくなってきてますね。

 

前作の3rdアルバム、ロック・ア・リトルではダンスビートやシンセの多用によって、当時の時流に乗る戦略でそこそこのヒットにつながったと思います。
しかし、今回はむしろ楽曲の良さに比重が置かれて初期の感じに戻ったような気もします。
ですが、それでは1989年の音楽シーンにはあまり歓迎されなかったようです。

 

あと、毎回デュエットも見所の一つで、ドン・ヘンリーやトム・ペティとの作品は、強力な印象を残しています。
今回はブルース・ホーンズビーということで、スティーヴィーが組むにはちょっと役不足だったのかもしれません。
ケニー・Gなども参加して話題性は十分にあったと思いますが、両者ともちょっとロックの歌姫の前には小粒だったということでしょうか。

 

ヒット曲が出なくて、売り上げも以前ほどはありませんが、僕はすごく好きな作品です。
ヒットの有無に関わりなく、クオリティの高い楽曲がぎっしり詰まっています。
バラエティに富んでいますし、一流のミュージシャンのプレイは手堅いものですし、プロダクションも時代にあった聴き心地のよいものに仕上がっていると思います。

 

また、スティーヴィー本人も1998年の時点でも、この作品を“magic album(魔法のアルバム)”と呼び、フェイヴァリットアルバムの一つと述べています。
プロデューサーのルパート・ハインといつまで関係が続いたのかわかりませんが、その素敵な思い出もコミコミで、お気に入りのアルバムとして心に残っているのでしょう。

 

まあ、売れるか売れないかに関わらず、スティーヴィーが気に入っていて、そして僕も気に入っているわけなので、僕はそれで十分です。
きっとこれまでのスティーヴィーの作品を気に入っている人であれば、気に入らない理由はどこにもない、優れたアルバムだと思います。

 

自らの恋さえも作品に転換する、パワフルな女性ロックシンガーのレジェンドのようなスティーヴィーの作品にここまで外れはありません。
あのダミ声でさえ愛おしく感じられる素敵な作品と僕は確信しています。