悪夢を乗り越えた、起死回生のアルバム YNGWIE J. MALMSTEEN’S RISING FORCE - ODYSSEY
前作TRILOGYからの歩み
1986年、YNGWIE J. MALMSTEEN(イングヴェイ・J・マルムスティーン)はソロ3部作の最終章に当たる、TRILOGY(トリロジー)を発表。
このアルバムでは水晶のようなクリアな音色でクラシカルなフレーズを、スピーディーに弾きまくっている。
それと同時に、ヴォーカルにMark Boals(マーク・ボールズ)を擁した歌メロ曲もキャッチーで、コンポーザーとしての才能も十分に示したアルバムとなった。
トリロジーは、前作をしのぐ素晴らしい仕上がりにより、ギタリスト、イングヴェイの評価を格段に上げるものとなった。
結果として、シーンには「イングヴェイ・フリークス」とも言われるイングヴェイのコピーギタリストがあふれることになった。
下は初心者から、上はベテランミュージシャンに至るまで、そのプレイをコピーする人が後を絶たなかったのだ。
しかし、クラシックに根ざしているイングヴェイと、そのいわゆるフリークの間の差は歴然であり、いっそう彼のすごさが際立つことになるのだ。
こうして、ギタリストとしての名声をほしいままにしたイングヴェイは次なる野望として、ミュージシャンとしての力量を世に知らしめたい、と考えるようになるのである。
そのためにはこれまで以上にバンドのメンバーのスキルアップと、何より強力なシンガーを必要としたのである。
というのも、トリロジー発表後、ツアーに出る直前に彼はマーク・ボールズをクビにしているのである。
結果、その前のヴォーカル、Jeff Scott Soto(ジェフ・スコット・ソート)を呼び戻してツアーに出たというのだから驚きである。
ツアー終了後、イングヴェイはついに野望のために動き出す。
元Rainbow(レインボー)のJoe Lynn Turner(ジョー・リン・ターナー)と、当時DAVID LEE ROTH(デヴィッド・リー・ロス)のバンドにいたベーシスト、Billy Sheehan(ビリー・シーン)に声をかけるのである。
ビリー・シーンは獲得不可だったが、ジョー・リン・ターナーとは意気投合し、バンドに加入、ついにアルバム製作に向けて動き出すのである。
すぐにでもレコーディングできる状況にあったのだが、突然イングヴェイは大きなアクシデントに襲われることになったのだ。
重なる不幸の時期を乗り越えて
1987年6月22日、LAで愛車のジャガーの1974年式E型で突っ走っていたイングヴェイは突然ハンドル操作を誤り、木に直撃。
意識不明のまま、病院に運ばれ8日間のこん睡状態に陥ってしまうのである。
意識が戻ってからは一時的に記憶喪失にかかったものの、ラッキーにも命には別状がなかった。
しかし、彼の黄金の右手の神経が損傷し、かなりシビアなリハビリを余儀なくされたのだ。
また、その時期に母親がガンで亡くなるという悲報に接することになり、恐らく人生最悪の時期を過ごすことになるのであった。
しかし、イングヴェイはこうした逆境で全てをあきらめるような柔な人間ではなかった。
半年をかけて、精神的、肉体的に回復した彼は、再びアルバム製作を始めるのである。
彼のバンド、ライジング・フォースの歴史の中で、ジョー・リン・ターナーを迎えるということは確実に歌メロの強化や、楽曲の良さに貢献する結果となった。
こうして不幸を乗り越えて、アルバムは完成する。
では今日は、1988年リリースのYNGWIE MALMSTEEN’S RISING FORCE(イングヴェイ・マルムスティーンズ・ライジング・フォース)の4thアルバム、ODYSSEY(オデッセイ)をご紹介します。
ODYSSEY(オデッセイ)の楽曲紹介
オープニングを飾るのは、RISING FORCE(ライジング・フォース)。
荘厳でドラマティックなイントロで始まるこの曲は、疾走感あふれる彼の代表曲の一つだ。
ギターリフが、16分刻みでアメリカのHR/HMを意識している感じを受ける。
そこにアメリカ人シンガーのジョーの声がのって、とてもアメリカンなハードロックになっている。
ジョーのハスキーで甘い声が、非常に楽曲に合っていて、キャッチーなメロと共に、これまでとは違う素晴らしい歌曲になった。
前の3作はギターが主張しすぎて、ヴォーカルはどちらかというと控えめな印象を受けたが、この曲ではイングヴェイのギターとジョーのヴォーカルがイコールで渡り合っている。
かといって、イングヴェイも前作までよりは控えめになったものの、リフ、ブリッジ、ソロ、共にしっかりと彼らしいプレイを聴かせてくれる。
というか、怪我のせいか少しギターが控えめになったおかげで、バンドの楽曲として非常にバランスの取れたものとなっているようだ。
加えて、Jens Johansson(イェンス・ヨハンソン)のキーボードとイングヴェイのギターの掛け合いは、これまでよりスリリングに聴こえる。
Anders Johansson(アンダース・ヨハンソン)のドラムスも、タイトでノリのいいプレイを聴かせている。
この辺は、今回イングヴェイはセルフプロデュースをせず、外部プロデューサーを起用していることと無縁ではあるまい。
やはり餅は餅屋。
非常にバランスの良い楽曲をオープニングから楽しむことができます。
2曲目はHOLD ON(ホールド・オン)。
ミドルテンポの哀愁味ただようバラードだ。
これは、ジョーのヴォーカルだからこそアルバムに入ったかのような曲だ。
非常に彼のヴォーカルが切なさをにじみ出していてなかなかいい曲になってます。
バッキングは結構普通で、この辺がイングヴェイの、楽曲優先への成長なのか、怪我で抑えてるのかはわかりませんが、その辺をジョーのヴォーカルがしっかりとカバーしていていいですね。
これこそ、バンドだ。
そして、ソロはイングヴェイ弾きまくってます。
ちょっとこのバラードにはオーバーではないかという感じですが、それこそがイングヴェイでしょう。
よくもまあ、あの大事故からここまで回復したな、と感慨深いです。
生きていて、こうして作品を生み出してくれてありがたいです。
3曲目はHEAVEN TONIGHT(ヘヴン・トゥナイト)。
分厚いコーラスから始まるこの曲は、完全にアメリカを意識したような楽曲になっています。
もう、80年代のアメリカンハードロック、そのまんまな雰囲気をたたえた名曲です。
売れ線だとか、ポップだとか批判の声もありますが、やはりノリも良く、キャッチーでとてもいいんじゃないでしょうか。
ジョーもこの感じはピッタリはまっていて、のびのび歌ってるように聴こえますね。
バッキングではおとなしいイングヴェイは、ソロではたまってた分たっぷりと弾きまくっております。
ただ、ソロの最後の部分が、歌メロのバックのメロディに戻すところなんかに彼の成長が見られると思います。
やはり、楽曲重視のその感じが、今回は非常に効を奏しているように感じられます。
4曲目はDREAMING (TELL ME)(ドリーミング)。
このアルバムでは初の、本格的なバラードだ。
アコギのイントロが切なくも美しい。
ジョーもこうしたバラードもしっとり歌い上げて、存在感がしっかり出てます。
やはりメロディが美しく、コンポーザーとしてのイングヴェイの才能にも注目できますね。
アコギからエレキに代わって披露されるギターソロは、相変わらず素晴らしいですね。
一つ目のソロは短いですが、激情を表す素晴らしい迫力あるものとなってます。
後半のメインのソロはたっぷりと感情をぶつけるように弾きまくってます。
このマイナー調の楽曲に彼のクラシカルなフレーズはとても合いますね。
5曲目はBITE THE BULLET(バイト・ザ・バレット)。
このアルバム初のインストゥルメンタルとなってますが、次の曲の前奏的な役割を果たしてます。
3連のリズムで、非常にヘヴィなかっこいいリフが疾走感をかもし出してます。
やはり、このようなリフを作れるのも彼の才能でしょう。
そして、すぐにフリーのギターソロコーナーへ。
ここでもたっぷり、好きなように弾きまくってますが、いい感じで終わって、その勢いで次の曲へ突入です。
6曲目はRIOT IN THE DUNGEONS(ライオット・イン・ザ・ダンジョンズ)。
前曲に続いて3連のノリのハードロックだ。
長いイントロで、とてもかっこいいギターリフを聴かせてくれます。
ヘヴィなギターリフが、ダークな曲世界を見事に彩っています。
途中のブレイクから、次第に歌メロのほうへと雰囲気が変わっていく様子が非常に決まってますね。
ジョーも、この手の楽曲もかっこよく歌い上げてます。
ヘヴィな楽曲ですが、キャッチーなメロディがあり、とても良曲になってます。
ギターソロでは弾きまくるイングヴェイと、イェンスのシンセのバトルが楽しめます。
ラストの終わり方も、非常にすっきりとして好感が持てます。
この3連の感覚をイングヴェイはよく用いますが、その中でもとてもかっこよく仕上がった楽曲になったと思います。
7曲目はDEJA VU(デジャ・ヴー)。
この曲も非常にキャッチーでメロディアスな楽曲だ。
イントロのギタープレイは、他の曲でも用いられてるフレーズだが、スピードや用いる場所で、また新しく聴こえるから不思議だ。
そのラスト、歌の直前の上昇フレーズがとても気持ちいい。
ギターソロ前のスウィープがイングヴェイらしい。
ソロも、自由に弾きまくってます。
こうして聴くと事故の影響はあまり感じられません。
ソロのラストはジミヘンばりのワウプレイだ。
やはりヴォーカルがジョーで良かったと思える楽曲だ。
8曲目はCRYSTAL BALL(クリスタル・ボール)。
イントロでのアダルティな雰囲気の中でプレイするイングヴェイのギターが非常にクールです。
そして、サビのメロディをなぞってから一転、ヘヴィなハードロックへ。
展開が非常に優れてます。
ジョーが歌いだしてからはやはり曲メロの素晴らしさが際立ちます。
特にサビのメロディはキャッチーでありながら、叙情的でとても作曲のセンスが感じられます。
ギターソロでは安定のイングヴェイ節です。
ソロでしか目立たない、というのも前3作ではありえない話でしたが、やはり彼も大人になったのでしょうか。
9曲目はNOW IS THE TIME(ナウ・イズ・ザ・タイム)。
ボン・ジョヴィのあの曲やあの曲に似てるような、アメリカンなハードロックである。
やはり、アメリカのマーケットを意識したのでしょう。
ジョーのヴォーカルは、その点で見事にはまってますね。
その方向性でばっちり歌いこなしてます。
イントロのシンセパート後のギターソロがたまらなくかっこいいですね。
サビをなぞったメロディを滑らかに、そして流れるように上昇プレイ。
その後のボン・ジョヴィパートもパクリってわけでなく、80年代の音楽シーンを彼らなりに吸収して作り直したんだと思います。
でも、作曲がデズモンド・チャイルドって書いてあっても驚かないくらい、雰囲気は似てますね。
ギターソロ、相変わらず弾きまくってますが、後半の歌メロの直前にぴたっとソロを終わらせるところはまさに職人技です。
非常にキャッチーで耳障りの良い曲です。
10曲目はFASTER THAN THE SPEED OF LIGHT(ファスター・ザン・ザ・スピード・オブ・ライト)。
もう、タイトルからして、期待しかさせてくれない。
光の速さより速いってどんだけやねん、って感じですが、そのタイトルに負けないすばらしい楽曲を生み出してくれたと思います。
曲自体も非常に速い高速疾走系で、サビもジョーがかっこよく決めてくれてます。
歌メロ部分も、非常に良く出来てると思います。
が、やはりこの曲の主役は光速を超えた(!?)、イングヴェイのギタープレイであるに違いない。
イントロから、ヘヴィで高速なリフをがんがん刻んできます。
そして歌やサビの直前には、天から降ってくるような下降フレーズがバシッと決まってます。
ギターソロのスタートは彼お得意の超絶スウィープの嵐だ。
そして、弾きまくる弾きまくる。
速い、長い、上手いの3拍子揃ってますね。
それに対抗するのは、イェンスのシンセプレイだ。
短いながらかっこいいフレーズを決めている。
そしてそれにさらにイングヴェイが速弾きでかぶせてくる。
やはりこの曲での主役は彼なのだ。
そして、サビが最後に繰り返され楽曲は終わりを迎える。
まさにタイトル負けしない、見事な曲と演奏を見せてくれたと思います。
11曲目は、KRAKATAU(クラカト)。
アルバムで2曲目のインストである。
非常にヘヴィでダークなロックインストだ。
まず、思うのは前の3部作に比べて、バンド感がすさまじく良くなったように聴こえます。
やはりプロデューサーの影響でしょうか。
非常にバンドの勢いというものも感じられる、素晴らしいインストです。
そしてやはりインストではイングヴェイが目立つ必要がありますが、今回は特にリフに重きが置かれているような感じがあります。
イントロのフレーズがキーを変えていくところもそうですし、楽曲の前半は一部のスウィープを除くと、ソロのようなものがあまり聴こえてきません。
ひたすら、ヘヴィなリフでごりごり疾走している感じです。
これも新たな面として決して悪くないです。
弾きまくらないイングヴェイの誕生でしょうか。(といってもリフがソロ並に速いんですけどね。)
後半はしっかりソロプレイを聴かせてくれます。
ヘヴィなリフをバックに、かなり長尺のプレイが楽しめます。
そして、ここでもイェンスのシンセとのバトルがたっぷり収められてます。
特に怪我の後、ということもあり、かなりがんばってプレイしたのではないかと思われます。
非常にアグレッシヴなプレイをしっかりと聴かせてくれ、回復をアピールしているかのようです。
初期3部作ではなかったようなヘヴィなインストで、とても楽しめるものとなっています。
アルバムラスト12曲目は、MEMORIES(メモリーズ)。
アコギを使ったインストの小曲です。
あの風貌からは想像もつかない繊細なメロディと音色を楽しめます。
とても美しい楽曲で、アルバムは幕を下ろします。
まとめとおすすめポイント
1988年リリースのYNGWIE MALMSTEEN’S RISING FORCE(イングヴェイ・マルムスティーンズ・ライジング・フォース)の4thアルバム、ODYSSEY(オデッセイ)はビルボード誌アルバムチャートで、第40位を獲得、彼のアルバムの中ではアメリカでもっとも売れたアルバムとなりました。
また、他の多くの国でも、チャートインし、ギターアルバムではなく、ロックアルバムとして多くのリスナーに受け入れられることになります。
このヒットの要因としては、やはりジョー・リン・ターナーをバンドのフロントマンに据えたことが大きいのではないでしょうか。
それに加えて、イングヴェイの作ったキャッチーな楽曲をジョーが歌うことで、ある種の化学反応が起きたと考えられます。
そういう点ではギタリストとしてはもちろん、コンポーザーとしても名を上げることに成功したとも言えるでしょう。
もちろん、ポップになりすぎたとか売れ線を狙いすぎ、という声があるにはありますが、やはりアルバム全体の出来がいいことには変わりありません。
また、怪我で、ギタリスト生命も危ぶまれたイングヴェイでしたが、半年のリハビリでよくぞここまで戻ってこれたな、と驚かされます。
ただ、怪我のせいか、前の3部作ほど曲中で弾きまくっていません。
それがアルバムの出来に絶妙なバランスをもたらしたとも考えられます。
やはり、イングヴェイが一歩引けると、全体が輝くと言えるのかもしれません。
1988年のインタヴューで、イングヴェイは「オデッセイ」についてこう語っています。
ただのギターアルバムを作っているんじゃないんだから、ヴォーカルは大切だよね。
以前のヴォーカリストたちもそれぞれ良い部分を持っていたと思うんだけど、ジョー(リン・ターナー)に比べるとソウルが足りなかったと思うね。
ジョーは本当にパワフルで、かつソウルフルだよ。
また、自らの作曲に関しての考え方についてはこうも言っている。
少なくとも俺のメイン・ワークは、あくまでも「作曲」なのさ。
俺は常に作曲で苦労して、努力している。
ギター・プレイっていうのは、その作曲作業のほんの一部にしか過ぎない。
今の俺はギタリストとしてより「ソングライター」として高く評価されるほうが嬉しい。
こうした発言から判るように、ジョーをフロントに据えて、彼の楽曲が素晴らしいものになったということは、彼も嬉しかったに違いない。
いい曲を書き、優れたシンガーがそれを歌うことによって出来たこのアルバムが世界でヒットしたのだから。
その後、彼とライジング・フォースはワールドツアーに出かけ、各地で大きな成功を収める。
しかし、ツアー後、「ソウルメイト」とも呼んでいたジョーとの関係は終焉。
やはり、イングヴェイにとって、フロントマンは彼一人で十分なのかもしれない。
彼より目立つヴォーカルをイングヴェイは求めていなかったのだ。
イングヴェイが、「俺が俺が」と主張しなかったことが成功につながったこのアルバム、オデッセイだったが、イングヴェイはやはりそれでは満足せず、彼の道を歩むことになるのである。
一歩引いたイングヴェイによって、非常にバランスの取れたいいアルバムになったオデッセイ。
キャッチーなハードロックと、程よいイングヴェイのギタープレイが楽しめます。
チャート、セールス資料
1988年リリース
アーティスト:YNGWIE MALMSTEEN’S RISING FORCE(イングヴェイ・マルムスティーンズ・ライジング・フォース)
4thアルバム、ODYSSEY(オデッセイ)
ビルボード誌アルバムチャート第40位