最強3ピースロックバンドのデビュー作 THE POLICE - OUTLANDOS D’AMOUR(アウトランドス・ダムール)
THE POLICEとは
Curved Air(カーヴド・エア)というイギリスのプログレッシヴバンドでドラムを叩いていたStewart Copeland(スチュワート・コープランド)。
そして、Last Exit(ラスト・イグジット)というジャズ・ロックバンドで活動していた元教師のSting(スティング)。
この二人が、1976年に初めて会って電話番号を交換したときにこのバンドのストーリーが始まったと言えるでしょう。
1977年にロンドンへ引っ越したスティングは、到着したその日にスチュワートを探し出し、ジャムセッションを行なってます。
すでに、最初の段階で互いの魅力に気付いていたと考えられますね。
ちょうど、その少し前にカーヴド・エアは解散していて、スチュワートは当時の流行のパンクロックムーヴメントに乗ったバンドを作りたいと願っており、そのバンドでロンドンのパンクシーンに乗り込みたいと考えていました。
スティングはスチュワートほど熱心ではなかったものの、そこに商業的な機会があることを認めます。
そこで二人は、ギタリストとして Henry Padovani(ヘンリー・パドゥバーニ)を迎え、3ピースバンドとしてTHE POLICE(ポリス)を結成します。
このバンドで、ロンドンのパブをプレイして回ったり、他のアーティストのサポートアクトとしてツアーに参加していきます。
そしてわずかな予算でデビューシングルをリリースしてもいます。
1977年5月に、 Mike Howlett(マイク・ハウレット)というミュージシャンが Strontium 90(ストロンチウム90)というバンドプロジェクトを立ち上げ、スティングを誘います。
そしてドラマーとして考えていたプレイヤーが参加不可になったため、スティングがスチュワートを連れてきます。
そして、このプロジェクトのもう一人が、ギタリストのAndy Summers(アンディ・サマーズ)でした。
このプロジェクトでの出会いが、あの最強トライアングル、ポリスの成功につながったわけです。
ストロンチウム90で幾らか活動しますが、アンディの音楽性はスティングに強い印象を与えます。
アンディは、スティングやスチュワートより10年ほど年上で、音楽の世界ではすでにベテランミュージシャンとして活躍していたのです。
加えて、ヘンリー・パドゥバーニのポテンシャルが低すぎて、フラストレーションもたまっていたのでした。
それで、スティングはストロンチウム90でのギグのすぐ後に、アンディをポリスに加入するよう誘います。
アンディは同意しますが、条件として3ピースバンドとして活動すること、つまり、ヘンリー・パドゥバーニにはバンドを出てもらうことをあげてます。
しかし、それはちょっとまずい、としてスティングとスチュワートはその考えを拒否し、とりあえず4人編成で活動を続けることになります。
ですが、二つのギグの後、アンディは最後通牒を出し、結局ヘンリーは解雇されることになりました。
この辺は、才能のないものは淘汰される、厳しい音楽業界の現実が感じられます。
結果として、スティング、スチュワート、アンディの3人は、多くのケミストリーを生み出し、優れたいいものを産出し始めたのでした。
特に当時のパンクロックバンドで、3ピースというのはすごく珍しかったようですね。
しかし、3人のそれぞれの背景が異なるゆえに、新たな音楽を切り開いて行く事が可能になっていきました。
特に、レゲエ、ジャズ、プログレ、といった音楽を取り入れたポリスのパンクロックは、シーンに新たな光を当て始めたのです。
そしてついにメジャーレコードデビューと行きたいところでしたが、予算がありません。
結局スチュワートの兄のMiles Copeland(マイルス・コープランド)がしぶしぶ1500ポンドを貸し出します。
というのも、彼はギタリストの交代によって、パンク風味が弱められるのではないか、と考えていたからです。
で、バンドはマネージャーもレコード契約もないまま、わずかな予算で1stアルバムのレコーディングを行います。
バンドの作っていく多くの曲にはあまり情熱を持てなかったマイルスでしたが、その中の一曲 Roxanne(ロクサーヌ)に心を打ち抜かれます。
そして次の日にはA&M Recordsにかけあって、シングルリリースの契約を取ってくるのです。
この時シングル化されたロクサーヌはチャートインしませんでしたが、レコード会社はもう一度チャンスを与えることに同意します。
2曲目のシングルの、Can’t Stand Losing You(キャント・スタンド・ルージング・ユー)は小ヒットを記録し、ついに既に完成していたアルバムのリリースにこぎつけることができました。
では今日は、1978年リリースの、THE POLICE(ポリス)のデビューアルバム、OUTLANDOS D’AMOUR(アウトランドス・ダムール)をご紹介します。
OUTLANDOS D’AMOUR(アウトランドス・ダムール)の楽曲紹介
オープニングを飾るのは、NEXT TO YOU(ネクスト・トゥ・ユー )。
当初スチュワートが考えていたとおりのパンクっぽいロックで勢い良くアルバムは始まります。
聞いた感じはまさに当時のパンク風ではありますが、歌詞は普通のラヴソングで、政治的でも攻撃的でもありません。
それで、二人は歌詞を変えるようにとスティングに促しますが、彼は断固として断り、もとのラヴソングのままに保ちました。
恐らくその辺の要素で、他の多くのパンクバンドとは異なることを主張してたのではないでしょうか。
楽曲自体はシンプルなロックンロールです。
それでも、やはりこのスピード感がパンク風ですね。
反体制でもないこの曲ですが、当時流行ってたパンクの風潮を利用してポリスが地位を確保していった様子が窺えます。
つまり、売れるために戦略的にパンクを活用した、というわけだと思われますね。
途中のギターソロをアンディはスライドギタープレイを入れてますが、スチュワートは、古い、と言ってあまり気に入ってはないようです。
しかし、3ピースバンドという限られた音数の中で、シンプルに非常にかっこよい疾走感あふれるオープニングになっていると思いますね。
2曲目は、SO LONELY(ソー・ロンリー)。
これはいきなりレゲエサウンドで、多くのリスナーの意表をついたのではないでしょうか。
当時、パンクとレゲエは精神性に近いものがあり、レゲエを取り入れるパンクバンドも出始めていたようです。
スティングは、この曲はレゲエミュージシャンのBob Marley(ボブ・マーリー)の影響を認めています。
というより、ボブの楽曲のNo Woman No Cryから楽曲のベースとなる部分を使ったことを認めています。
しかし、ポリスが新しかったのは、レゲエとパンクを行ったり来たりする曲構成の部分であるに違いありません。
また、間奏部のギターソロも、多くのパンク曲ではソロは短いのがお約束のような時代に、アンディがけっこうたっぷりと弾いてます。
その合間にスティングのハーモニカとか入ってきたりと、他のパンクバンドとは一線を画してる感は強いです。
そしてパンクとは言っても、キャッチーでポップなメロディのため、非常に聴き易い楽曲にもなっています。
やはり曲展開の妙を楽しめる、名曲となっていますね。
この曲は3rdシングルとしてカットされていますが、チャートインはしていません。
2年後の再リリースではイギリスで第6位を記録しています。
3曲目は、ROXANNE(ロクサーヌ)。
アンディのカッティングギターが冴える、かっこいいイントロで始まります。
AメロBメロの時点で、スティングのハイトーンヴォーカルがとてもかっこよいです。
これは娼婦との関係を歌った内容であるため、イギリスのBBCはこの曲を放送禁止にしたといういわくつきの曲です。
冒頭で、ピアノのジャーンという不協和音と笑い声が聞こえますが、これは録音中にスティングが間違ってピアノに座ってしまって発した笑い声だそうです。
なぜ録音しなおさなかったんだろうと思いますが、予算上の都合というのも十分考えられますね。
やはり3ピース、つまりギター、ベース&ヴォーカル、ドラムの3人だけで出してるのに、これだけ完成度が高いとはやはりただのパンクバンドとは異なってますね。
音数が少ないことが逆に武器になってる感じがします。
音の隙間さえ、しっかりと曲の一部に取り込んでしまってます。
歌詞の内容は置いといても、パンクにレゲエ風味が加わってて、マイルスがレコード会社に掛け合うのも理由がわかる優れた出来だと思います。
音楽的に単純なパンクロックブームの中で、繊細な音作りのされたこの曲は際立っていたのではないでしょうか。
この曲はアルバムリリース前にシングルとして出され、チャートインはしていません。
しかし、後の再リリース盤は、イギリスで第12位、アメリカビルボード誌シングルチャートで第32位を記録しています。
4曲目は、HOLE IN MY LIFE(ホール・イン・マイ・ライフ)。
この曲からはもはやパンクの匂いはしてきません。
イントロの音使いからとても繊細です。
勢いで押しまくるパンクロックとは対照的です。
アルバムもこの辺まで聞いていくと、ポリスがパンクロックバンドではなかった、ということに気付けるのではないでしょうか。
パンクが流行ってたから、人気獲得のためにパンクを表に出したという、戦略であったに違いありません。
この曲でも、最小限の音で、軽快なレゲエタッチの音が練り上げられています。
デビューアルバムの時点で、3人でこれだけの音世界を作り出せているところが高く評価されたに違いありません。
5曲目は、PEANUTS(ピーナッツ)。
この曲は、かつてスティングのアイドルでもあった、 Rod Stewart(ロッド・スチュワート)への失望を歌った歌だそうです。
楽曲は、疾走感があってとてもかっこいいですね。
しかし、やはり政治的でも攻撃的でもないところにパンクとは言い切れないところがあります。
この曲でも、3人のミュージシャンのせめぎあいのような雰囲気を感じられます。
経験豊かなプレイヤーが共に競い合い、ぶつかり合ってそこでケミストリーが生まれています。
シンプルって素敵だな、って感じられる楽曲です。
ギターソロではアンディの狂気が感じられますね。
バッキングでは地味で渋い演奏を聞かせるアンディですが、このソロは突き抜けています。
6曲目は、CAN’T STAND LOSING YOU(キャント・スタンド・ルージング・ユー)。
この曲は、恋に破れた若者が自殺を考える、といった内容になっています。
スティングはティーンエイジャーの自殺をちょっとしたジョークとして、5分で歌詞を書き上げたと言ってます。
ところが、シングルのジャケットでは、スチュワートが首つりの状態になってて、足元を支える氷が解けるのを待っている、そんな写真になっています。
というわけで2ndシングルとしてカットされたこの曲も、BBCによって放送禁止となります。
しかし、そんな論争を引き起こしたお陰か、曲は彼らにとって大きなヒットとなりました。
またも歌詞は置いておけば、これもまた非常に3人のテクが際立つ、良く出来た名曲ですからね。
スチュワートのドラムは飽くまでもタイトで、アンディもいぶし銀のバッキングギターを弾いてます。
スティングのベースもグルーヴがありますし、やはり歌メロがとてもよいです。
サビでのスティングのヴォーカルとハモリのコーラス、ここのリフレインが非常に心地よいです。
これもまたシンプルなのに、非常に計算されつくした名曲となっています。
この曲はアルバムリリース時にカットされたときは、イギリスで第42位を記録しています。
そして、1979年の再リリース盤では、イギリスで第2位を獲得しています。
7曲目は、TRUTH HITS EVERYBODY(トゥルース・ヒッツ・エヴリバディ)。
アンディのギターがかっこよいリフを刻み、ステュアートが軽快にリズムを刻みます。
これはパンクっぽいロックソングですね。
短い曲ですが、勢いがあって爽快な楽曲になっています。
8曲目は、BORN IN THE 50’S(俺達の世界)。
1950年代に生まれた彼ら(スティングとスチュワート)がティーンエイジだった60年代の生活を歌ってます。
ちなみに、アンディは1942年生まれで、一回り前になりますね。
これはとてもキャッチーな歌メロです。
とても丸い楽曲で、とがりが感じられません。
作ろうと思えばこんな万人受けするメロディも作れる、と言ってるかのようです。
とても気楽に聞いて楽しめる良質なロック曲ですね。
9曲目は、BE MY GIRL – SALLY(サリーは恋人)。
イントロのギターのミュート音にベースが絡んでいき、そしてドラムが加わって3人の音になる、この展開が非常にかっこよくて好きですね。
ところが、途中からなぜかアンディのポエムの朗読が始まります。
朗読のバックのピアノもアンディのプレイのようです。
いやいや、何だこれは。
せっかくのアルバム全体の勢いが、ばっさり途絶えた感じがしますね。
で、ポエム朗読劇が終わると、再び最初の軽快なノリの曲が。
もう、この朗読は要らないと思ったのは僕だけでしょうか。
ちょっとここだけは理解できませんけど・・・。
ラスト10曲目は、MASOKO TANGA(マソコ・タンガ)。
ここでもレゲエ風味のロックが聞けます。
イントロのベースが非常にグルーヴがあって好きですね。
かなりはねたリズムを生み出してます。
なんとなく歌メロは民族音楽的な風味もある不思議な楽曲です。
でも、演奏はそれぞれタイトにかっこよくきまってます。
中盤の盛り上がるインスト部分も非常にかっこよいです。
まとめとおすすめポイント
1978年リリースの、THE POLICE(ポリス)のデビューアルバム、OUTLANDOS D’AMOUR(アウトランドス・ダムール)はイギリスのアルバムチャートで第6位、アメリカビルボード誌アルバムチャートでは第23位を記録しています。
そしてアメリカでは100万枚を売り上げ、最終的には400万枚の売上を記録しています。
ちょうど時代はパンクブーム全盛の時期、そのタイミングで出会った異なる背景を持った3人のプレイヤーたち。
とっかかりとして、パンクバンドという宣伝で世に打って出ます。
それだけで成功を収めるほど世の中は甘くありませんでしたが、それによって彼らの独自の音楽性をアルバムとして提示することができました。
実際、この演奏技術の優れた3人組の作り出す音楽は、パンクバンド、なんて言葉でくくれるものではありませんでした。
レゲエロック、ポストパンク、ニューウェイヴ、これらの音がミックスされたバンドの音は、他のバンドとは大きく異なるサウンドとして提示されたのです。
それも、3ピースという、バンドとしての最小人数で紡ぎ出す音は、決してスカスカになることなく、隙間さえも音楽の一部と感じられる計算されたものになっています。
この時期に流行っていたパンクはやがて廃れていきますが、ポリスは他のパンクバンドとは別の道、それも成功への道へと進んでいくことになります。
結局、最初から他のパンクバンドと音楽性は一線を画していたわけです。
他とは異なる緻密な音作りは、この後も続いて行きますし、さらに音楽性も進化していきます。
3人のプレイヤーの紡いだ最初の一歩となったこのデビューアルバムの時点で、ポリスの基本的なサウンドは確立しています。
そしてデビュー作だからこその勢いもアルバムに封じ込められています。
後に史上最強の3ピースバンドとも言われるミラクルの始まりを、このアルバムで体感することができるでしょう。
チャート、セールス資料
1978年リリース
アーティスト:THE POLICE(ポリス)
1stアルバム、OUTLANDOS D’AMOUR(アウトランドス・ダムール)
ビルボード誌アルバムチャート第23位 アメリカで100万枚のセールス、(追記:最終的には400万枚のセールス)
アメリカでのシングル ROXANNE(ロクサーヌ) ビルボード誌シングルチャート第32位