MADONNA – LIKE A PRAYER




前作からの流れ

1986年リリースの、MADONNA(マドンナ)の3rdアルバム、TRUE BLUE(トゥルー・ブルー)はビルボード誌アルバムチャートで5週連続No.1を獲得しています。
そして、当時の記録破りの28カ国でNo.1を取るという快挙も成し遂げています。
また、アメリカでは700万枚を売り上げ、全世界のトータル売り上げは2500万枚と見積もられています。

 

人気絶頂のマドンナは、引き続きアーティスト以外の活動も精力的に行なっていきます。
まずは、同年夫のSean Penn(ショーン・ペン)と共にShanghai Surprise(上海サプライズ)という映画で主演を演じます。
しかしこの作品は酷評され、第7回ゴールデンラズベリー賞(アカデミー賞授賞式の前夜に「最低」の映画を選んで表彰するもの)で7部門にノミネートされ、そのうちマドンナは最低主演女優賞を受賞することになったのでした。

 

まあ、この辺は人気絶頂のマドンナにとってはそんなに気にするほどのことでもなかったのでは、と思われますね。
その証拠に、翌年1987年にはまたも映画に挑戦。
Who’s That Girl(フーズ・ザット・ガール)と題されたこの映画では、またも彼女は第8回ゴールデンラズベリー賞で最低主演女優賞を受賞しましたw
まったく懲りてないようですね。

 

ところが、この映画のサウンドトラック用に作った4曲のうち、タイトルトラックであるWho’s That Girl(フーズ・ザット・ガール)はビルボード誌シングルチャートでNo.1、2ndシングルのCausing a Commotion(コモーション)はシングルチャートで第2位、Dance Club SongsチャートでNo.1を獲得しています。
女優としては散々な評価が続きますが、本業のポップアーティストとしては相変わらずの絶大の人気を誇っています。

 

映画に続くWho’s That Girl World Tourでは、彼女のキャリア初の世界ツアーを敢行しています。
その皮切りに行なわれたのは、日本の東京と大阪の公演で、アジア、北米、ヨーロッパで、合計2600万ドル以上の興行収入を記録しています。
女優業はお遊びと思われても仕方ない、ビッグポップアーティストになっていたわけです。

 

そして1987年後半には、初のリミックスアルバム、You Can Dance(ユー・キャン・ダンス)をリリース。
ビルボード誌アルバムチャートで第14位を記録し、アメリカで150万枚、世界で500万枚を売上げました。

 

このように映画や音楽活動など充実した生活を送っていましたが、私生活ではあんなに仲睦まじかったショーン・ペンとの離婚を申請します。
もともとハリウッドでは問題児として知られていたショーンでしたので、4年間の間に飲酒のトラブル、パパラッチへの暴行事件など、あいかわらずの暴れぶり。
結局1989年の9月に、4年の結婚生活に終止符を打つことになったのでした。

 

こんな激動の日々を過ごしつつ、4枚目のアルバムを制作しています。
今回も、Stephen Bray(ステファン・ブレイ)とPatrick Leonard(パトリック・レナード)、そしてマドンナ本人の3人での共同プロデュースとなっています。
80年代も終わろうとしている、時代の変革期に出されたこの作品は、ホイットニー・ヒューストンやジャネット・ジャクソンなど黒人女性アーティストの台頭に応じて、ブラックミュージックのエッセンスも含められて、音楽的にはよりバラエティに富んだ内容のものとなりました。
そして歌の内容は、彼女の周りの人との絆について歌っているものが多く、とても彼女の内面の告白を封じ込めたアルバムになっています。
とりわけ、このアルバムは、彼女の亡くなった母親に捧げられたものとなっています。

 

では、1989年リリースのMADONNA(マドンナ)の4thアルバム、LIKE A PRAYER(ライク・ア・プレイヤー)をご紹介します。

LIKE A PRAYER(ライク・ア・プレイヤー)の楽曲紹介

オープニングを飾るのは、アルバムタイトルトラックのLIKE A PRAYER(ライク・ア・プレイヤー)。

 

始まりはヘヴィなギターリフ(プレイしているのはプリンス)、そしてバラードが始まったと思いきや、いつもの極上のダンスミュージックへと変わって行きます。
そしてちょいちょいスローバラードライクなパートが挟まりながら、中盤からはゴスペルが登場。
さらにコーラスが増し加わり、オリジナルなゴスペルR&Bが展開していきます。

 

非常に凝った展開になっていますが、ちゃんと一曲として完成していると思いますね。
この曲では聖歌隊も用いて、彼女の理想を追求している感じです。
今回は、前回と同様マドンナもプロデュースに加わっていますが、前作のトゥルー・ブルーの成功がまぐれではないことを実証するためにかなり力を入れていることがうかがえます。

 

やっぱり高尚なゴスペルとファンキーなダンスミュージックの融合、という点で、この曲の存在感は際立っていますね。
非常に高い評価を受ける楽曲となりました。

 

しかし、PVでは、KKK(クー・クラックス・クラン:アメリカの秘密結社、白人至上主義団体)スタイルの十字架燃やしや、黒人の聖人との教会内でのラヴシーンなど、相変わらず物議を醸す内容が描かれています。
そのため、カトリックを初めとする幾つかの宗教団体からのクレームを受けてます。
それは、当時大きな契約を交わしていたペプシの不買運動にもつながり、結局契約は解消されるという事態にまで発展しました。

 

まあ、こんなお騒がせな騒動も、結局は話題を振りまいた結果になって、楽曲は大ヒットを記録することになりました。
この辺は、彼女のしたたかな戦略であったとも思えますね。

 

この曲はアルバムの先行シングルとしてリリースされ、ビルボード誌シングルチャートで3週連続No.1、同誌Dance Club SongsチャートもNo.1、同誌Adult Contemporaryチャートで第3位を記録しています。
加えて、世界の約20カ国のチャートでNo.1を獲得し、当時の彼女の人気と話題の大きさを物語っています。

 

2曲目は、EXPRESS YOURSELF(エクスプレス・ユアセルフ)。

 

この曲は、マドンナらしいダンスポップミュージックですね。
制作に当たっては、アメリカのファンクロックバンド、Sly and the Family Stoneスライ&ザ・ファミリーストーン)へのトリビュートとして作られたようです。

 

いつもの軽快なアップテンポのダンスチューンに、ブラスサウンドやハンドクラップ、カッティングギターが入り混じって、とっても心地よく聴ける楽曲に仕上がっています。

 

また、この時代はまだ女性の社会進出も進んでいない時期でしたが、そんなときに女性に力と自身を与え、決してsecond-best(2番手)を目指すのではなくBestのために進めと励ます歌となっています。
そのためにEXPRESS YOURSELF(自分を表現しなさい)といった力強いメッセージソングです。
デビュー時から、男性社会と戦ってきたマドンナだからこそ出来た、女性のためのアンセムと言えますね。

 

また、PVはあのデヴィッド・フィンチャーが監督を務めており、500万ドルという予算をかけて映像美を生み出しています。
その額は、当時最も高額のPV予算だったと言われています。

 

この曲は2ndシングルとしてカットされ、シングルチャートで2週連続第2位、Dance Club SongsチャートでNo.1、Adult Contemporaryチャートで第12位を記録しています。

 

3曲目は、LOVE SONG(ラブ・ソング)。

 

もう、イントロをちょっと聞くだけで、あ、プリンスだ!とわかる、二人の共作作品になっています。

 

この曲は、ミネアポリスにあるプリンスのペイズリー・パーク・スタジオでレコーディングされています。
二人は友達で、常々一緒に仕事をしたいと話してたようです。
そして、今回、ついにマドンナはミネアポリスに出向いて、プリンスと共に数曲作っています。
しかし、彼女が行った時のミネアポリスは零下20度で、とても耐えられなかったと言っています。
まあ、そんな劣悪な環境の中でも何とか出来上がり、その中でマドンナが気に入ったのが、このラブ・ソング、ということになり、アルバムに収録されました。

 

楽曲的には、プリンス臭がプンプン立ち込めた、独特の雰囲気の楽曲になっていて、どっちかというとアルバム中では浮いた感じがしてしまうのは僕だけでしょうか。
しかし、それでもビッグアーティストのコラボということで、話題を取るには良かったのかもしれません。

 

アルバム中、完全にプリンスの世界観がふわっと広がる瞬間となっています。

 

4曲目は、TILL DEATH DO US PART(デス・ドゥ・アス・パート)。

 

とてもポップでかわいらしいポップソングですね。
前曲からの流れで、余計に軽快に感じてしまいます。

 

タイトルの意味は「死が二人を分かつまで」という、結婚の誓いの際のお決まりのセリフです。
で、この曲では、彼女の離婚に終わったショーン・ペンとの関係について歌っています。

 

シリアスな内容と思われますが、とても軽やかに歌っているところが皮肉っぽくていいですね。

 

5曲目は、PROMISE TO TRY(プロミス・トゥ・トライ)。

 

ピアノをバックに静かに歌うバラードです。
彼女の母親の死について歌っているので、その寂しさも伝わってくるような染みるバラードになってますね。

 

ストリングスや間奏のヴァイオリンが、いっそう優しく切ない雰囲気を醸しだしています。

 

6曲目は、CHERISH(チェリッシュ)。

 

これまた非常に心地よく軽快なシャッフルビートソングです。
60年代のアメリカのソフトロック・バンド、The Association(アソシエイション)の楽曲をモチーフに作られた、古くて新しいポップソングとなっています。

 

当時、マドンナ自身もアルバム中、非常に気に入っていた楽曲と言っていたようですね。
それはこの明るくて楽しい曲調もそうですが、歌詞の内容によるのかもしれません。
歌詞は、シェイクスピアのロミオとジュリエットをモチーフとした、愛と人間関係について歌ったものです。
彼女はこの曲をスーパーポジティヴな状態で書いた、と言っています。
そういう意味では、アルバム中の他の重いテーマについて歌った楽曲とは一線を画した、非常に軽やかで華のある存在になっており、そこが彼女のお気に入りな理由なのかもしれません。

 

バックコーラスには、Marilyn Martin(マリリン・マーティン)も参加して華を添えています。

 

この曲は3rdシングルとしてカットされ、シングルチャートで第2位、Adult ContemporaryチャートでNo.1を記録しています。

 

7曲目は、DEAR JESSIE(ディア・ジェシー)。

 

ストリングスを多用した、かわいらしい歌です。
ポップソングというより、子守唄として作られた、ファンタジックな曲になっています。

 

プロデューサーの一人パトリックが、レコーディング中に娘のジェシーを学校まで車で迎えに行った後、母親が出かけていたので彼はジェシーをスタジオに連れて行きます。
そのため少し遅刻したので、マドンナは最初は怒りますが、すぐにその女の子ととても親しくなっていきました。
彼女は、自分とジェシーの関係と、自分の母親と自分自身との関係に重ねて感じてたようです。
そんな特別な絆を見たパトリックは、自分の娘のために書いていた曲をもってきます。
その歌詞に少し手を加えて出来上がったのが、この「ディア・ジェシー」というわけです。

 

小さな女の子のための子守唄を、シンセやストリングス、トランペットなどを駆使してファンタジックな雰囲気の優しい楽曲に仕上げています。

 

8曲目は、OH FATHER(オー・ファーザー)。

 

前曲のストリングスの続きからスムーズにこの曲に移ります。

 

雰囲気は一転して、重厚なピアノをベースにストリングスののったバラードになります。
ここで歌うマドンナの歌は、非常に重々しく悲しい響きがあります。

 

PVで表現されているように(このPVも監督はデヴィッド・フィンチャー)、母の死後、父からの虐待を受けたことがほのめかされています。
そして大人になったマドンナは恋人からのDVを受けています。
これらがどこまで事実に基づくのかは不明ですが、全くのフィクションというわけではないと思われます。
母の死、DV(家庭内暴力)など、非常に重いテーマの含まれた楽曲になっています。

 

かなり重いバラードになっていますが、美しいストリングスの響きもあり、良曲だとは思います。

 

この曲は4thシングルとしてカットされ、シングルチャートで第20位を記録しています。
さすがにこの重いテーマだけに、シングル向きではなかったのかもしれません。
これで、16曲連続トップ5と、17曲連続のトップ10の記録は途絶えることになりました。

 

9曲目は、KEEP IT TOGETHER(キープ・イット・トゥゲザー)。

 

この曲もスライ&ザ・ファミリーストーンへ捧げるとクレジットされ、そんなダンサブルでファンキーな楽曲になっています。

 

アルバム中の他の曲では、父親との確執や虐待、別れた夫とのトラブル、愛する母親の死、カトリック教会への疑問など、さまざまなテーマを扱っていますが、ここでは、家族の絆に目を向けています。
家族と言っても、父はあんなだし、兄弟姉妹たちとは常に争いが絶えず、家を飛び出して成功への道を自分で切り開いていったマドンナ。
そして、ついに成功を掴んだとは言え、最愛だった夫とは離婚。
カトリック信者として育てられたものとして、離婚によって罪の意識に責められます。
そんなとき、ふと恋しく思ったのがやっぱり家族、兄弟たちだった、ということですね。
様々な辛い経験をしてきたマドンナでしたが、結局は家族の絆がどれほど重要か、ということに気付き、それに対してのポジティヴなメッセージを歌い上げています。

 

ちなみに、この曲ではプリンスがギターを弾いているそうですが、どのパートかはわかりません。
恐らく、ウラで聞こえる、カッティングギターではないかと思われます。
ファンキーなカッティングは彼の得意分野の一つですからね。

 

この曲は5thシングルとしてカットされ、シングルチャートで第8位、Dance Club SongsチャートでNo.1を記録しています。

 

10曲目は、SPANISH EYES(スパニッシュ・アイズ)。

 

ゆったりとラテン風のバラードです。
打楽器も、間奏のギターもラテンの雰囲気いっぱいです。
前作ではラ・イスラ・ボニータがあったりして、さすが、前世はラテン系と思っているのがここでも出ていますね。

 

とても雰囲気がよく、聴きやすい佳曲です。
ちなみに内容は、当時依然としてタブーとされていたAIDSに関するものとなっています。

 

ラスト11曲目は、ACT OF CONTRITION(アクト・オブ・コントリション)。

 

いきなりプリンスの激しいギターソロから始まり、マドンナが語り始めるという、ちょっと衝撃のラスト曲です。
途中から少しメロディがありますが、最後は激しい彼女の叫びで終わります。
アルバム全体から言うと、完全に突然変異的な楽曲と言えるでしょう。

 

曲のタイトルの意味は、カトリックの懺悔の祈りのことのようです。
恐らく流れとしては、離婚という罪を犯したことの懺悔を語っている歌ではないかと思われます。
で、最後は何かの予約を拒否されて、わめいて終わり。

 

最後のセリフをググったら、What do you mean it’s not in the computer?ってことみたいです。
予約がコンピューターに入ってないってどういうことよ?って感じでしょうか。
ウィキではレストランの予約を拒否されたとあります。
恐らく、確かに予約したはずなのに、「コンピューターに入ってません」、とフロントに言われて激怒してののしった、ということなのでしょう。
で、これと懺悔の祈りとなんの関係があるのか、ちょっとわかりかねますね。

 

一つ考えてみたのは、神からの祝福を受ける、ということを予約に例えたのかもしれません。
ずっと信者として予約済みの状態を保っていました。
しかし、今回離婚してしまったこともあって、気付いたらコンピューターに入っていなかった(予約がキャンセルされていた)。
そこで、食い下がっても回復してくれないので、神に対してののしりの言葉をかけたのかも・・・と推測してみました。
まあ、完全に僕の予想なので、正確にはわかりません

 

とにかく、激しいプリンスのラフなギターソロをバックに、ちょっと意味不明の衝撃のラストでアルバムは終わった、というのは確かといってよいでしょう。

まとめとおすすめポイント

1989年リリースの、MADONNA(マドンナ)の4thアルバム、LIKE A PRAYER(ライク・ア・プレイヤー)はビルボード誌アルバムチャートで6週連続No.1を獲得しています。
また、アメリカで400万枚、全世界では1500万枚を売上げ、前作を下回ったとはいえ、大ヒット作品として記録を残すことになりました。

 

一般にもこのアルバムの評価は高く、彼女が単なるポップシンガーではなく、メッセージの伴うアーティストに変わったターニングポイントとなるアルバムとして評価されています。
アルバム中2曲目のエクスプレス・ユアセルフに含まれる、「自分を表現しなさい」というメッセージを、率先してやってのけたアルバムと言えるかもしれません。

 

そして、今回も話題作りの点でも戦略的なところを見せ付けています。
やはり先行シングルで、多くの宗教団体を敵に回したPVで一気に話題をかっさらったと思われますね。
そしてその上での大ヒット。
また、アルバム中にはプリンスとのデュエット曲、また他の3曲で彼にギターを入れてもらってますね。
こんなのも当時のビッグアーティストの共演ということで大きく話題となっています。

 

加えて、内容は母や父、兄弟姉妹、夫との関係性や絆がテーマとなっているものが含まれ、アルバム自体も亡くなった母に捧げるものとしてクレジットされています。
単に人間関係の悪い面だけに目を向けるのではなく、その絆の強さが自分を支えてきた、という内容は、多くの人たちの共感を呼び、力づけるものとなったに違いありません。

 

アルバム全体の印象としては、相変わらずのクオリティと思いますね。
今回は5曲をシングルカットして、4曲のTop10ヒット、うち2曲は第2位1曲はNo.1ということで、いい曲がつまってます。
基本となるダンスミュージックに、ストリングスやゴスペルまでも印象的に用いられ、スパニッシュ、ファンタジー曲などもあり、今回もバラエティに富んでいると思います。
加えて、プリンスの参加により、ちょっとした負の要素が入り込んで、そこが意外とアクセントになっている気もします。
ただ、浮いている、という気もしますので、効果は半々といったところでしょうか。

 

まあ、いずれにしても、主張のあるアーティストとしてのマドンナの第一歩ともなったアルバムと言えるでしょう。
80年代末に作られた、エイティーズテイストの詰まったこの作品も、一聴の価値はあると思います。

チャート、セールス資料

1989年リリース

アーティスト:MADONNA(マドンナ)

4thアルバム LIKE A PRAYER(ライク・ア・プレイヤー)

ビルボード誌アルバムチャート6週連続No.1、アメリカで400万枚、世界で1500万枚のセールス

1stシングル LIKE A PRAYER(ライク・ア・プレイヤー) ビルボード誌シングルチャート3週連続No.1、同誌Dance Club SongsチャートNo.1、同誌Adult Contemporaryチャート第3位

2ndシングル EXPRESS YOURSELF(エクスプレス・ユアセルフ) シングルチャート2週連続第2位、Dance Club SongsチャートNo.1、Adult Contemporaryチャート第12位

3rdシングル CHERISH(チェリッシュ) シングルチャート第2位、Adult ContemporaryチャートNo.1

4thシングル OH FATHER(オー・ファーザー) シングルチャート第20位

5thシングル KEEP IT TOGETHER(キープ・イット・トゥゲザー) シングルチャート第8位、Dance Club SongsチャートNo.1